『エデンの東』ジェームズ・ディーンのイメージで中島健人をキャスティング
──中島健人さんですが、監督が原作を読んで、「晄司は健人くんだ」と思ってキャスティングされたそうですね。
水田:さっき言ったように、原作は読者によって興味を引くポイントが違います。あるプロデューサーは政治家ってこういう生き物なのかと驚いていました。でも、僕の読後感でいうと「エデンの東」だったんですよ。もちろん、結末も構想も違いますが、父親に対する葛藤を男兄弟2人の次男坊を軸に描いている。そう考えると、ジェームズ・ディーンなんですよ。だから健人くんしかいないと思ってしまいましたね。先生も直接お会いになって感じられたと思いますが、彼は明るく見えて、実はちょっと影があるんですよ。
真保:テレビで見ていると軽く見えてしまうけれど、あれは演じているんでしょうね。話してみると、実際は芯があって、本当はこういう作品がやりたかったんだろうなという印象を受けました。
水田:そうなんですよ、健人くんには演出家気質なところがあるのです。アイドルは最初からこういう作品はできません。でも、30歳になる前にやりたかったのが本心で、ここから先、また自分の道を探っていこうと思っているのではないかと推察しています。
真保:健人くんは映画ではラブコメが中心でしたが、テレビドラマでは「砂の器」(2019年、フジテレビ)の和賀英良をやっています。晄司役が健人くんだと聞いたとき、和賀英良の路線でいくんだろうなということはすぐにわかったので、何も心配はしていませんでした。しかし、それよりも遥か上をいく、見事な演じ方でしたね。ちょっと驚きました。
──父親役を堤真一さんが演じています。拝見するまでは、若すぎないかと心配しましたが、ちゃんと親子でした。
水田:堤さんは若く見えますが、1964年生まれの59歳。今の経済産業大臣の西村康稔さんは1962年生まれなので、政治家として年齢的には問題ありませんし、健人くんの父親であっても不自然ではありません。
真保:私も試写を拝見するまでは、親子に見えるのかなという不安はちょっとだけありました。でも、最初の頃の張り詰めた空気の中、車に乗っている2人のシーンで、ちゃんと親子に見えたのです。彼らがどういうやり取りをして、どういう風に演技を作っていったのか、想像をできませんが、そこはさすがだなと思って見ていました。
水田:堤さんは顔合わせで言葉を交わしたときの健人くんの在り方で、こいつは力があると分かったのでしょう。健人くんのことを認めて、遠慮なく思いっきりやっていました。
健人くんの良さは体の反応がリアルなところです。アイドルとしてステージで反応を鍛えられているのでしょうね。初めて会った人に対する反応は何回やっても初めて会ったようにできる。堤さんもそれが俳優として当然だと思っているので、同類だとすぐにわかり、健人くんを認めたんですよ。
親子に見える秘訣はもう1つあって、中島歩くんのキャスティングです。歩くんが堤さんと健人くんの顔の造作の合間を埋めてくれて、3人並ぶとうまく親子に見える。それは意識してキャスティングしています。
真保:単に役者をあてはめていくわけではなくて、家族を成立させることも大切なんですね。
水田:鼻の形とか結構気にしますよ。それで成立していないのを見ると下手だなと思いますから(笑)。
堤さんと健人くんが成立した段階から、どうやって間を埋めるかをずっと考えていました。歩くんは単館系映画の世界ではスターですが、メジャーの作品に出る俳優ではありません。こういう人を見つけるために小規模な映画もいっぱい見ているわけですよ。もちろん、俳優としてのレベルや組んだら面白くなるはずだという想定が前提にありますけれどね。
母親を強く尊敬していることで母親役を演じられた池田エライザ
──堤さんの娘を演じた池田エライザさんも素晴らしいですね。
真保:そうなんです。大丈夫かなと思っていたら…。まぁ見事! 素晴らしい役者さんですね。
水田:彼女は実の母親をものすごく尊敬しているんです。それはつまり大きな影響を受けているということ。本人は結婚も出産もしていませんが、母と自分の関係値を一周回ってぐるっとひっくり返すことができちゃうと思ったのです。
堤さんと健人くんがいる家族のシーンって、2人の関係がリアルだから周りが巻き込まれるんです。それに負けず劣らず、ものすごくいい集中力で芝居をしてくれました。
──エライザさんの役は原作では晄司の姉ですが、映画では妹になっています。これは中島さんとエライザさんの実年齢に合わせたのでしょうか。
水田:先生の設定の方が娘を持つ親としてはリアリティがあるのです。しかし、父と息子を軸にしているときに、姉が弟を見る目、弟が姉に持っている感情があると、映画を進める上でちょっと寄り道をしてしまう。妹、あるいは双子でもいいと思っていたくらいに近い関係で親に向き合うようにしたい。それで編集部を通して先生にお願いして、設定を変えさせていただきました。
真保:お話をうかがったとき「そういう狙いがあるのか、なるほどな」と思いました。お母さんが出てこないのも同じ理由ですね。
水田:政治家という生き物の描写も含めて、世襲に対する動機付けを小説よりもはるかに短く、お客さんに伝えなくてはなりません。妻に先立たれたときに人生が有限であることを深く思い知り、自分の跡継ぎについて強く考えた。このようにして、いろいろ削いでいきました。だからリアリズムをずっと突き詰めていくと、先生の小説の方が遥かに、リアリティがあるのです。
真保:こちらは制限がないから、織り込めるものはすべて織り込む。そこがまったく違いますからね。
映像化したいということで最初にお会いしたときに、「映画は時間の制限があるので、わかりやすくするために、原作と違うところが出てきます。そこは理解してほしい」と言われました。それで先程も言いましたが、「ミステリーの部分だけは何とか成立させてくれ」と伝えたのです。軸がぶれてしまうとミステリーファンは納得できませんから。でも、そこをしっかり守っていただけて、ありがたいなと思っています。