〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。今にも戦争が始まりそうな物騒なこのご時世。今、いったい映画に何ができるのか。
金子裕子
映画評論家。韓国バラエティ番組「ソジンの家」がお気に入り。V(BTS)と『パラサイト』のチェ・ウシクが可愛すぎ!
杉谷伸子
映画ライター。年末年始も楽しみな作品が目白押し。『デューン 砂の惑星PART2』も待ち遠しくてたまらない。
土屋好生 オススメ作品
『バーナデット ママは行方不明』
悩める一人の女性が迷いを断ち切って
新たな自分を構築するR・リンクレイター監督作
評価点:演出5/演技5/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
外出さえ苦手な極端な人間嫌いのバーナデットが、ある事件に巻き込まれて姿を消し、夫と1人娘がその後を追う。過去の栄光に押しつぶされまいと彼女はいかにして自己再発見の道を見つけたか。
ひとづきあいのわずらわしさは何も今に始まったことではない。たとえ相手が人品骨柄卑しからぬ人物でもごく普通の近隣住人でも同じことが起こり得るのだから。
そんな都会の片隅でポツンと孤塁を守っているのが主人公のバーナデット。若いころ突然引退した天才建築家という触れ込みだが、そこは百戦練磨のケイト・ブランシェット、ものの見事にバーナデットの内面に入り込み四方八方から追求の手を加えて悩める1人の建築家の全体像の構築を試みるのだ。
といえばオーバーに聞こえるが、要は生き方に迷う1人の女性の人間記録、迷いを断ち切って新しい自分を創造するのだ。
それにしても演出のR・リンクレイター、主演のブランシェットともに力が入っている。たぶんそれは現代人ならだれしも遭遇する他者との微妙な関係、なかでもわずらわしい人間関係をいかに克服していくかという命題に行き着く。
とはいえリンクレイターとブランシェットの名コンビが醸しだすユーモアとアイロニーに満ちた独特の世界観は長く語り継がれることになりそうだ。
公開中/ロングライド配給
© 2019 ANNAPURMA PICTURES, LLC. All Rights Reserved. Wilson Webb / Annapurna Pictures
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金子裕子 オススメ作品
『極限境界線‒救出までの18日間‒』
ファン・ジョンミンとヒョンビンが演じる外交官と工作員による緊迫の人質救出劇
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像5/音楽3
あらすじ・概要
2007年、アフガニスタンの砂漠で韓国人23名がタリバンに拉致された。人質を救出するために現地に飛んだ外交官チョン・ジェホは、パキスタンで暗躍していた工作員パク・デシクと合流。決死の交渉作戦を実行するが…。
ゴツい邦題なので、アクション映画を期待しまうかもしれない。が、原題は『The Point Men(交渉人)』。タリバンに拉致された韓国人23名を救出するためにアフガニスタンに飛んだエリート外交官が、現地の工作員と手を組んで繰り出す苦肉の交渉をスリリングに描く。
外交官が相手にするのは、残虐なタリバンだけにとどまらない。非協力的なアフガニスタン外務省、権威やプライドを振りかざす韓国政府の高官、そして悲劇を食い物にする身代金詐欺まで…。
演じるファン・ジョンミンが、紆余曲折を経て臨む命がけの“最終交渉”シーンは圧巻。麻薬王を演じた「ナルコの神」(配信)の怪演とはガラリと違った存在感を発揮して、上手い!
いっぽう過去のトラウマに悩まされ少々やさぐれた現地工作員を演じたヒョンビン。『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズを彷彿とさせるバイクシーンも颯爽と披露して、やっぱりかっこいい。
ちなみにこれは実話ベースであり、いまも世界のどこかで同様の事件が起こっている現実を思えば、怖さも募る。
公開中/ギャガ配給
© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT, WATERMELON PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED.
杉谷伸子 オススメ作品
『シック・オブ・マイセルフ』
A24も認めたノルウェーの新鋭による自己愛の塊カップルをシニカルな視線で描く
評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
アーティストとして脚光を浴び始めた恋人への嫉妬。ある違法薬物に手を出したシグネ、と焦燥に駆られ、恋人からの関心を得たものの、薬の副作用で入院し。彼女の承認欲求はますますエスカレートしていく。
アーティストとして脚光を浴び始めた恋人と裏腹に、何かにつけて自身の存在感の薄さを意識させられているシグネ。ある出来事で注目される快感に目覚めた彼女は、承認欲求を満たすために、危険な違法薬物に手を出してしまう。
普通なら、ここまでが本当の“自分らしさ”に目覚めるきっかけで、この先は彼女の成長物語が描かれるところ。
ところが、ノルウェー出身の新鋭クリストファー・ボルグリは、承認欲求モンスターと化した若い女性が、その欲望をエスカレートさせていく姿のみならず、彼女の承認欲求の根源で同じく自己愛の塊である恋人との愚かなカップルぶりを、シニカルな視線で徹底的に描き出す。
容姿の美しさと引き換えにしても自己愛を満たそうとするシグネの姿は、ときにホラーめいているほど。そんな彼女の悔恨さえも、さらなる承認欲求を通して描いてみせるあたりも斬新で、A24が注目するのも納得だ。皮肉にもこの自己愛カップルの呆れた関係が、逆に、美しい生き方とは何かを見つめさせてくれることに感謝。
公開中/クロックワークス配給
© Oslo Pictures/Garagefilm/Film I Vast 2022