若い女性がガソリンを掛けられた後、火を放たれて焼死体として発見された。警察は被害者の男性関係を中心に捜査を進めるが、容疑者を特定することができないまま、捜査班は解散となってしまう。『12日の殺人』は事件の発生から追い、未解決案件となっていく過程を映し出すとともに、事件にのめり込むうちに、いつしか私生活にも影響を受けていく捜査員たちの日常も丁寧に掬い取っていく。フランスのアカデミー賞に相当するセザール賞(2023)で、最優秀作品賞、最優秀監督賞をはじめ、最多の6冠に輝いた。脚本も担当したドミニク・モル監督に作品への思いや演出について聞いた。(取材・文/ほりきみき)

セリフだけでなく視覚的にも表現

──ヨアンを演じたバスティアン・ブイヨンのキャスティングの決め手を教えてください。

映画作りにおいてはキャスティングが肝心。いざ、撮影となったときに「この人ではなかった」と思ってもどうしようもないですから。そんなことにならないよう、間違いのないキャスティングをしなければいけません。

バスティアンは前作『悪なき殺人』(2021)にも出てもらっていますが、本作のオーディションをしたときに「ここにヨアンがいる」と説得力を感じました。オーディションではみなさんに判事とのやり取りを演じてもらいました。長めのシーンですが、ヨアンのセリフはシンプルです。他の役者さんたちはいろんなことを入れ込んできたのですが、バスティアンだけは真っすぐに相手の眼を見ながら、何も加えることなくそのまま演じました。それが主人公自身を強いものにしたのです。その瞬間、「ヨアンはバスティアンしかいない」と思いました。

画像: ヨアン(バスティアン・ブイヨン)

ヨアン(バスティアン・ブイヨン)

──バスティアン・ブイヨンは本作で第48回セザール賞 有望若手男優賞を受賞しました。現場ではどのように演出されましたか。

他のキャストへのアプローチと変わりません。キャストにとって居心地のいい場作りと関係性の構築に心を配りました。

よく演出の秘訣を聞かれますが、秘訣なんてありません。大事なのはキャストが脚本を読んで「面白い。演じたい」と思うものがあることです。

とはいえ、肝心なことは伝えます。ヨアンはとてもクールで感情を表に出さないと思われていますが、内面では他の人間と同じようにさまざまな感情が揺れ動きます。ただ、それを表情や行動に出さないと自分で決めている。それはなぜか。自分の仕事を正しく遂行したいという思いがとても強いのです。

画像: セリフだけでなく視覚的にも表現

捜査の段取りは決して手を抜かず、すべてしっかり丁寧に行う。だから家族を持たない。ストレスも酒を飲んだりして発散するのではなく、競技場で1人、黙々と自転車を漕ぐ。つまり自分自身を制御しているのです。それをバスティアンに伝えました。

バスティアンも見事にそれに応えてくれました。ヨアンの目を見ていただけるとわかるのですが、目だけでいろんな感情を表現してくれています。キャラクターにぴったりな素晴らしい演技が生まれました。

──目や鼻、口といった顔のパーツはヨアンですが、輪郭が容疑者たちという映像がフラッシュバックのように映し出されるところがありました。あの演出を思いついたきっかけや意図をお聞かせください。

そのシーンは編集中に思いつきました。容疑者の顔写真は元々用意があって、ひょんなことからそれをヨアンに重ねてみたら、ちょっと面白いシーンになったのです。単純に二重露出しているだけで、特別な効果を使っているわけではありません。眠れないヨアンの顔のアップのはずが、そこに何か他の映像も見えてきて、何なんだろうと観客を不安な気持ちにさせますよね。

私はセリフで表現するよりも、視覚的に見せる方が好きです。ヨアンが判事に「犯人が見つからないのはすべての男が犯人だからです」と話しますが、同じことを視覚的に表現しました。それぞれの顔とともに音楽も重なっていき、より強いシーンになり、とても気に入っています。

──捜査員のマルソーは夫婦関係に問題を抱えており、精神的な余裕のなさから仕事上でトラブルを起こします。冷静なヨアンとは対照的な存在として、作品に奥行きを感じさせました。ブーリ・ランネールがマルソーを演じていましたが、いかがでしたか。

ブーリは俳優だけでなく、監督としても4~5本撮っており、映画における経験値がとても高い。しかし、横柄なところはなく、とても素敵な人柄です。「チームに参加している人はみな仲間で、いい作品にしようという思いはみんな同じ」とおっしゃっていました。謙虚なところがあり、「自分は監督が求めることに応じられるだろうか」と心配されていたくらいです。

捜査班のメンバー役を演じたのは映画の経験が浅い若手俳優が多かったのですが、ご自身から彼らにアドバイスをするような感じではありませんでした。しかし、その存在自体が若手に力を与えて、いいお手本になっていたように思います。

<PROFILE>
ドミニク・モル

1962 年ドイツ・ビュール出身、フランスの映画監督・脚本家。 『ハリー、見知らぬ友人』(2000)、『レミング』(2005)はカンヌ国際映画祭パルム・ドール候補に。『ハリー、見知らぬ友人』は、2001 年セザール賞で最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞など数々の賞を受賞。2019年の第32回東京国際映画祭コンペティション部門では、最優秀女優賞と観客賞を受賞したサスペンス映画『悪なき殺人』(映画祭上映時タイトルは「動物だけが知っている」)がある。

『12日の殺人』全国公開中

画像: 『12日の殺人』本予告解禁!2024年3月15日(金)公開【STAR CHANNEL MOVIES】 www.youtube.com

『12日の殺人』本予告解禁!2024年3月15日(金)公開【STAR CHANNEL MOVIES】

www.youtube.com

<STORY>
2016年の10月12日の夜、山あいのサン=ジャン=ド=モーリエンヌの町で、21歳の女性クララが、友人たちとのパーティの帰り道、突如何者かにガソリンをかけられ火を放たれ、焼死体で発見される。ヨアン(バスティアン・ブイヨン)率いる捜査チームはクララの親友のナニーの協力などを得て、懸命な捜査を続けたが、事件を解決まで導く確信的な証拠もないまま捜査班は解散となってしまう。

それから3年後。ヨアンは女性判事(アヌーク・グランベール)に呼び出され、新たなチームを作り再捜査に乗り出すことになった。今度は女性捜査官のナディア(ムーナ・スアレム)も加わり、クララの三周忌に彼女の墓で張り込みをすることになった。果たして、仕掛けていた隠しカメラに写っていたのは…。

<STAFF&CAST>
監督:ドミニク・モル
脚本:ドミニク・モル、ジル・マルシャン
原案:ポーリーヌ・ゲナ作「18.3. Une annéepassée à la PJ」
出演:バスティアン・ブイヨン、ブーリ・ランネール、テオ・チョルビ 、ヨハン・ディオネ 、ティヴー・エヴェラー、ポリーン・セリエ
、ルーラ・コットン・フラピエ

配給:STAR CHANNEL MOVIES
原題:La Nuit du 12

© 2022 - Haut et Court - Versus Production - Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma

公式サイト:https://12th-movie.com/

This article is a sponsored article by
''.