草彅剛は清廉潔白で実直な主人公そのもの
──監督にとって念願の時代劇ですね。
僕は『凶悪』(2013)の頃から「時代劇をやりたい」とあちこちで言っていたのですが、なかなかチャンスがありませんでした。そんな僕に『凪待ち』(2019)で組んだ脚本の加藤正人さんが「白石くん、読んでみて」とこの作品のプロットを渡してくれたのです。
加藤さんは無類の囲碁好きで、脚本家同士で食事をしているときに「そんなに囲碁が好きなら、柳田格之進を書いてみたらどうですか?」と勧められ、初めて柳田格之進の落語を聞いたそうです。囲碁を巡る人情話として根強い人気のある落語で、これは面白いと思い、誰に頼まれるでもなく脚本を書き始めたとのこと。『凪待ち』が終わったところで、いつも組んでいる廣木隆一監督ではなく僕に渡してくれたのは、僕が「時代劇をやりたい」とあちこちで言っていたのをどこかで聞いたのかもしれません。読んだらすごく面白かった。「ぜひ、やらせてください」とお返事しました。
そこから一緒に脚本を作っていく中で、草彅剛さんが時代劇をやりたいと言っているという話が聞こえてきました。格之進は清廉潔白で、実直。曲がったことが嫌い。その雰囲気や仕事に対するストイックさは草彅さんにピッタリだなと思い、草彅さんに相談してみようと話が進んでいきました。
──ベースは落語の柳田格之進ですが、柴田兵庫とのエピソードは映画オリジナルです。着想のきっかけなどをお聞かせください。
柳田格之進だけでは2時間の映画にならないと加藤さんが判断したのでしょう。僕が相談を受けたときには柴田兵庫のエピソードはすでに入っていました。
ただ、それでいいのかなと思いました。落語の人情モノにミスマッチというか、これを入れると話が曖昧になってしまう気がしたのです。しかし草彅さんが格之進にピッタリだと気づいたときに、草彅さんがやるのなら復讐もありだなと思いました。草彅さんは復讐が似合う俳優ですから(笑)。草彅さんを前提に整合性を取っていきました。
現場でも自然体の草彅剛
──草彅さんとはどのようにして格之進の役を作っていかれましたか。
脚本をお渡ししたところ、「疑問に思うところが1つもありませんでした」と言っていただきました。本を読んだだけで、草彅さんにはいろいろなものが見えたのでしょう。それは加藤さんが書いた脚本の力だと思います。
格之進はどこか品がある。プライドもある。僕は格之進をメイクダウンさせつつも、カッコよくしたいと思っていましたが、それができたのは草彅さんあってのこと。草彅さんはどんなに汚れても、どこかに品を感じさせるのです。草彅さんがこれまでに時代劇で演じてきたのは徳川慶喜といった位の高い人が多いのはそういったこともあるのでしょう。 “こういう落ちぶれていても品のある武士が撮りたかったんだ”と草彅さんを見ながら思っていました。
──碁石の持ち方にも美しさを感じますね。
プロの方に打ち方を教えてもらって何度か練習しましたが、何が正解なのか、よく分かりませんでした。
そこで、国民栄誉賞を授与されたプロ棋士の井山裕太さんに来ていただき、碁会所のシーンで草彅さんの隣で碁を打ってもらったんです。そうしたら、草彅さんが井山さんの手つきを見て、「その打ち方、すごくカッコいいっすねぇ。動画、撮ってもいいですか!」といってiPhoneで動画を撮り、真似し始めたんです。そこから超美しくなりました。井山さんは囲碁界の大谷翔平みたいな人で、独特の美しさを持っていますから、それが草彅さんの琴線に触れ、「この打ち方がしたい」と思ったのでしょう。井山さんは本当にすごい人です。
──体を清めるシーンで格之進は引き締まった上半身を見せます。事前に体作りをお願いしたのでしょうか。
こちらからは何も言っていませんが、あのシーンに備えて、食事を摂生し、贅肉をなくして、体をシャープにしたようです。あのシーンを撮ったらすぐに、焼肉を食べに行ったようですけれどね(笑)。
──草彅さんは現場ではどのようにされているのでしょうか。
どの作品でも草彅さんは座長ですが、いたって自然体です。もちろん座長として“頑張らなきゃ”という気持ちはあるのでしょうけれど、変に緊張感を作らず、すごくいい時間の中で撮影している感じがします。
──印象に残るシーンはどちらでしょうか。
格之進が塩尻宿で左門と会い、居酒屋で話をしているシーンですね。左門をアップで捉えてから引いていき、戻りつつ、手前のお客さんを回り込んでから格之進に近づく。窓の外では祭りの様子が映っているところを長回しのワンカットで撮っています。
格之進は普段、セリフがそんなに多いわけではないのですが、あそこは饒舌に語ります。俳優の芝居とカメラワークが一体でないと成立しないシーンですが、演じるのは草彅さんという安心感から勝負できると決めました。だからこそ、力のある面白いシーンに撮れたと思います。