近年、アイルランド出身の俳優たちの活躍が目立つ。もともとアイルランドはリーアム・ニーソン(※)やコリン・ファレルのような国際的な知名度を誇る俳優も輩出しているが、次世代の台頭も含め、その活躍ぶりにスポットがあたっている。
※アイルランド、イギリス、アメリカの三重国籍を取得。
キリアン・マーフィー
その筆頭にあげられるのは話題作『オッペンハイマー』でアカデミー主演男優賞に輝いたキリアン・マーフィーだろう。キリアンがこの映画で演じたのは“原爆の父”といわれた物理学者。彼の複雑な内面を見事に演じきった。
キリアン・マーフィー
出身:アイルランド コーク
今後は、アイルランド語映画で初めてアカデミー賞国際長編映画賞候補になった『コット、はじまりの夏』の原作者クレア・キーガンの小説を映画化した、エミリー・ワトソン共演の『Small Things Like These』が待機中。
また、組合運動の犯罪をめぐる実話を基にした『Blood Runs Coal』、キリアン自身のテレビ・ドラマの代表作「ピーキー・ブラインダーズ」の映画化など、続々と新作が控える。
その受賞スピーチも印象的だ。実はこの主演男優賞をアイルランド出身の俳優が受賞するのはこれが初めてだった。そこで「アイルランド人として、今夜、ここに立てることをすごく誇りに思っています」と語り、「世界中の平和活動家たちに賞を捧げたいです」と感動的なコメントも伝えた。『オッペンハイマー』は核の世界を生きることの恐怖を伝える深遠な作品でもあるが、それにふさわしいスピーチとなった。
1976年5月25日生まれで、出世作はダニー・ボイル監督のゾンビ映画『28日後…』(2003)。その後、女装が趣味の青年を好演した『プルートで朝食を』(2005)でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞候補となる。また、ケン・ローチ監督の力作『麦の穂をゆらす風』(2006)では独立戦争に巻き込まれる若き活動家に扮して深い感動を残した。
出演作は少しクセのあるインディペンデント系作品が多かったが、『バッドマン ビギンズ』(2005)以来、彼を脇役で起用してきたクリストファー・ノーラン監督は、『オッペンハイマー』の主人公にキリアンを大抜擢。年齢を重ねることで演技に深みも出て、この大作を支える見事な演技を披露した。
どこか群れからはずれた人物を演じるのがうまい俳優だが、オッペンハイマーも一時は名声を得るものの、共産主義の疑いをかけられ、群れからはずれた人生を送ることになる。複雑な苦悩を抱えた人物をキリアンは演じきった。
キリアン・マーフィーの最新作『オッペンハイマー』
公開中
第二次世界大戦下、原子爆弾の開発に成功した天才科学者J・ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落を、実話を基に描く。第96回アカデミー賞では作品賞のほか、オッペンハイマーを演じたキリアン・マーフィーの主演男優賞、クリストファー・ノーランの監督賞など7冠に輝いた。
アンドリュー・スコット
オスカー候補にはならなかったが、『異人たち』(監督アンドリュー・ヘイ)でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞候補になったのが1976年10月21日生まれのアンドリュー・スコット。
アンドリュー・スコット
出身:アイルランド ダブリン
4月より配信となったネットフリックスの新作ドラマシリーズ「リプリー」(脚本スティーヴン・ザイリアン)では主人公のトム・リプリー役。作家パトリシア・ハイスミスが作り出し、アラン・ドロン、マット・デイモンなど多くの人気俳優が演じた役に挑んだ。また、キャメロン・ディアス、グレン・クローズ共演の『Back in Action』にも出演している。
BBCドラマ「SHERLOCK/シャーロック」(2010〜)ではジム・モリアーティ役で英国アカデミー賞テレビ部門の最優秀助演男優賞を受賞。ドラマシリーズ「Fleabag フリーバッグ」(2016〜2019)も人気を集めた。
英国インディペンデント映画賞で助演男優賞を手にした『パレードへようこそ』(2014)ではゲイの活動家を演じていたが、山田太一の小説を英国に置きかえた主演作『異人たち』ではゲイの脚本家という設定(スコット自身もゲイをカミングアウトしている)。
主人公は人との接触を避け、自分の世界にこもって生きているが、子供の頃に死んだはずの両親と遭遇し、それまで見失っていた大切なものを発見。新しい愛にも踏み出す。繊細な性格ながら、やがては生まれ変わる人物をスコットは丁寧に演じる。
ポール・メスカル
そんなスコットと『異人たち』で共演しているのが、1996年2月2日生まれのポール・メスカルだ。
ポール・メスカル
出身:アイルランド メイヌース
ハリウッド大作はリドリー・スコット監督の『グラディエーター2』でデンゼル・ワシントンと共演。かつてフットボールにチームにいたこともあるというメスカルの強靭なボディが役作りに生かせそうだ。
『もっと遠くへ行こう。』ではアイルランド出身の売れっ子女優、シアーシャ・ローナンと共演。さらにクロエ・ジャオやリチャード・リンクレイターなど実力派監督の新作にも出演予定。
昨年のオスカーでは『aftersun/アフターサン』(2022)で苦悩を抱えた父親役を演じてアカデミー賞主演男優賞候補となり、『異人たち』では主人公の恋人になる謎めいた隣人に扮している。
一見、タフな人物に見えるが、実はロマンティックな面も秘めているのがメスカルの魅力。今回の役には『アフターサン』の父親像に通じる孤独な悲哀感も漂い、その眼差しにぐっとひき寄せられる……。
アンドリュー・スコットとポール・メスカルの最新作『異人たち』
『荒野にて』(2017)のアンドリュー・ヘイ監督が、山田太一の原作小説を映画化。死別した両親とかつての家で交流する40代の孤独な脚本家と、彼に寄り添うミステリアスな青年の恋の行方を描く。
スコットはメスカルを「信じられないほどの才能を備えた俳優」と絶賛。
バリー・コーガン
怪しい役を演じていつも圧倒的な存在感を放つのが1992年10月17日生まれのバリー・コーガン。
バリー・コーガン
出身:アイルランド ダブリン
新作はスリラーの『Bring Them Down』、アンドレア・アーノルド監督、フランク・ロゴフスキ共演の『Bird』などが待機している。大作『グラディエーター2』にも出演オファーが来たが、『Bird』の方を優先した。社会の片隅で暮らす人々を描いた作品だという。童顔にも見えるコーガンの怪しい魅力にますます磨きがかかりそうだ。
同郷のコリン・ファレルと共演した出世作『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017)では謎の少年役を演じたが、エメラルド・フェネル監督の最新作『Saltburn』では、その怪しさがさらにスケールアップ。
彼の出現によって裕福な一家の運命の歯車が狂い始める。今回は衝撃(?)の裸ダンスも披露! この映画でゴールデン・グローブ賞主演男優賞候補となる(この年はキリアン、スコットも同賞の候補に)。
また、昨年は『イニシェリン島の精霊』(2022)で英国アカデミー賞の助演男優賞を受賞し、オスカー候補にもなった。一度見たら忘れられない不思議なマスクの持ち主で唯一無二の個性を発揮する。
バリー・コーガンの最新作『Saltburn』
Prime Videoにて独占配信中
オックスフォード大学に通うオリヴァーが、貴族階級のフィリックスが暮らす大邸宅ソルトバーンに招かれたことから、美しくも邪悪な世界に引き込まれていく。コーガン演じるオリヴァーの異常性をはらんだ行動の数々はビジュアル的にもインパクト大。監督は『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル。
近年のアイルランド俳優の活躍ぶりをコーガンも喜んでいるようで、アメリカの〈ヴァニティ・フェア〉誌では「キリアン、ポール、アンドリューたちの仲間でいられるのは素晴らしいこと」と語っている。
今年のオスカーの結果を受け、「(アイルランド人として)キリアンが新しい歴史を作った」というコメントも発表。今後も実力派アイリッシュたちの活躍が期待できそうだ。