普段は描かれていない姿に焦点を当てて、ばいきんまんを描く
──今回はばいきんまんがメインということで、アンパンマンの登場が遅かったようにも思います。
川越:絵本の世界はあまり人がいないので、どうしようかと話をしていたときに、米村さんから「ルルンとばいきんまんが濃密な関係性を積み重ねていくと、それが後からルルンに響くのではないか」という提案がありました。僕は対比が多い方がいいと思い、すいとるゾウがこっちの世界に来たらどうなるだろうかと考えていたのですが、米村さんの話を聞いて、そちらの方がいいと思いました。
米村:今回の作品はアンパンマンの出番が遅い。「アンパンマンはどうしたの?」と子どもたちが寂しがるのではないかという意見もあり、もう少し早く展開させて、ばいきんまんとアンパンマンの世界という形で並行して2つの世界を描こうという話もありました。
しかし、幼い子はAストーリーがずっと展開して、Bストーリーに移るのなら流れを理解できますが、AストーリーとBストーリーを行ったり来たりと並行して描くと難しい。結果として、アンパンマンの出番は遅くなるものの、絵本の世界の話がある程度終わったところで、ストーリー展開上の理由で話がアンパンマンワールドに移るという流れにさせてもらいました。
川越:しかも、ばいきんまんとルルンの関係性を深めるためにたくさんのカットを積んでしまったので、当初の予定よりもアンパンマンの登場が後ろになってしまったんです。
──ばいきんまんの描き方で意識されたことはありましたか。
米村:僕が初めに書いたときはもう少し暴走していたので、プロデューサーに止めていただきました(笑)。
テレビシリーズを見ていると、ばいきんまんは毎回メカを作って、やられてしまう。しかし、また平気な顔をして出てくる。ばいきんまんは本来のキャラクターとして、やられても、やられても、めげずにがんばる精神的強さが根底にあります。しかも、これまで描かれることはありませんでしたが、バイキン城でコツコツと次のメカを作っているばいきんまんがいるはず。そういった普段は描かれていない姿に焦点を当てました。
そして、毎回、アンパンマンに負けてしまうものの、「俺様が世界でいちばん強い」というプライドを持っている。だから、すいとるゾウにプライドを傷つけられると、本当は怖いけれど、立ち向かおうとがんばるわけです。
今回のばいきんまんは普段のばいきんまんとは違うように見えるかもしれませんが、本来、ばいきんまんが持っているキャラクターではあるのです。
──そのプライドの高いばいきんまんがルルンに「アンパンマンを呼んでこい!」と言います。このセリフに驚きました。
米村:ばいきんまんはルルンと濃密な関係性を積み重ねたが故に、何とかしてルルンを助けたいと思った。しかし、悔しいけれど、それを成し得るのはアンパンマンしかいない。ばいきんまんは苦渋の決断をしたと結論付けられるのではないかと思い、そのセリフを書きました。
川越:万策尽きて、ルルンにアンパンマンを呼びに行かせましたが、ばいきんまんはその場に1人残って、戦いに挑んでいく。ばいきんまんは決して諦めてはいないのです。
──「アンパンマンを呼んでこい!」というセリフに呼応するように、アンパンマンもまたばいきんまんにあるセリフを伝える場面があり、ばいきんまんとアンパンマンの信頼関係を感じます。
米村:結構泣けますよね。自分で考えておきながら、何ですが(笑)。
川越:ばいきんまんとアンパンマンはお互いに託しあっている部分があるのです。あのセリフでフラグは立ってしまいましたけれどね(笑)。
米村:「アンパンマンたいそう」の中に「アンパンマンは君さ」という歌詞がありますが、あれはやなせさんが全ての子どもたちに向けた言葉だと思うのです。アンパンマンは苦境に陥ったとき、ばいきんまんに対して「アンパンマンは君さ」という思いが芽生えたような気がします。
──頼りなかったルルンもアンパンマンやばいきんまんに感化され、やられてもへこたれずにがんばりました。その姿は見ている子どもたちに大事なことを教えてくれる気がします。
川越:ルルンも森の力をもらって戦いに挑みますが、結局は負けてしまう。「自分はやっぱりダメなんだ」となったときに、ルルンはアンパンマンとばいきんまんの言葉を思い出します。それによって、森の力という実質的な力ではなく、心の中の思いこそが強さだと気づいて、最後に覚醒する。その辺りもカットを積み重ねて、丁寧に作っていきました。
──ルルンの性別がはっきりとは描かれていません。あえて描かなかったのでしょうか。
米村:あえてというところはあったと思います。僕の中では萩尾望都さんの「11人いる!」というコミックに成長後、初めて性別が確定するジェンダーレスのキャラクターがいることを思い出し、今回は森の妖精なのでジェンダーレスでいいのではないかと思ったのです。
川越:僕も作る中で、基本的に自分のことを「ルルン」と呼ぶようにして、男女の別を立たせないように作りました。