芝居の達人であり、永遠の少年性を持ち合わせた仲野太賀
──イフィーを仲野太賀さんが演じています。原作では少年という設定でしたので、配役を知ったときは驚きましたが、作品を拝見してみるとまったく違和感がありませんでした。なぜ、仲野さんにお願いしたのでしょうか。
僕も最初は原作の設定どおり、10代の天才少年のイメージでキャスティングしようと思っていました。しかし、イフィーという役どころは自分の存在を強く肯定したり、否定したりします。それを短い尺の中で人生経験が少ない10代の人が演じるのは極めて難しい。僕の中で芝居の達人であり、永遠の少年性を持ち合わせた人が太賀くんでした。彼は「あっち側の世界」を一瞬で表現してくれました。太賀くんで本当によかったです。
──イフィーの設定を変えたことで、脚本開発に苦労されたところはありましたか。
キャラクターの設定を変えたということよりも、作品が始まって1時間以上経ってから重要な人物が登場するというのは構造的にとても難しい。そういう登場の仕方は普通、ありませんからね。伏線を張っておき、「あれがイフィーだった」ということもできましたが、そうはしたくなかった。最終的には俳優の力に託しました。
──朔也の母親など、最新AIを搭載したVF(ヴァーチャル・フィギュア)の人物が登場しますが、演出で意識されたことはありましたか。
昔から映画では、妄想や幻、霊のような存在しない存在は普通に登場してきました。会えない人に会いたい、という気持ちは大昔から人類が抱く普遍的なもので、映画表現ではそれが容易く叶えられるのです。そういう意味ではVFの表現もそんなに難しくありませんでした。VFという最新のテクノロジーとは言え、扱っている人の感情は普遍的で誰にでも理解できるものです。問題は、人は記憶を自分の都合のいいように改訂していきますが、AIによって記憶が完璧に整理されたVFはそうではないということです。人とVFの会話が微妙に噛み合わなくなる様子はすごく面白いと思います。
──この作品を撮ったことで見えてきたこと、もっと考えなくてはいけないと思ったことはありましたか。
テクノロジーの危なっかしさを感じながら作りましたが、一方で良さを認めなくてはいけない状況にきているし、自分がその状況に合わせて生きていくしかないことがわかりました。この流れはもう止められませんから。
──いかに倫理的であり続けるかということを考えないといけませんね。
もしかするとそれがいちばんのテーマだったかもしれません。正しく生きたいと思いながらも、正しく生きる術がない。そもそも、倫理観や道徳観の基盤になる明確なものが我々にはないので、正しさの定義もあやふやになっています。特定の宗教を信じていれば、それが基盤になるかもしれませんが、一般的にはそういうものがない。いわゆる昔の日本人が持っていた美意識みたいなもの、九鬼周造がいうところの「いき」のような概念が現代ではほとんど通用しなくなっています。
寄る辺なく、生き辛い世の中だから人をむやみに貶めたり、力の強いものに擦り寄ったりしているのかもしれません。
<PROFILE>
石井 裕也/ 監督・脚本
1983年生まれ。埼玉県出身。
大阪芸術大学時代の卒業制作『剥き出しにっぽん』(05)がPFFアワードにてグランプリを受賞。商業映画デビュー作『川の底からこんにちは』(10)がベルリン国際映画祭に正式招待され、モントリオール・ファンタジア映画祭で最優秀作品賞、ブルーリボン賞監督賞を史上最年少で受賞した。『舟を編む』(13)で第37回日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞を受賞。『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)は第67回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に出品され、第9回TAMA映画賞にて最優秀作品賞ほかを受賞。『月』(23)で第48回報知映画賞作品賞ほか多数の映画賞に輝く。その他の主な監督作品に『ぼくたちの家族』(14)『バンクーバーの朝日』(14)『乱反射』(18)『生きちゃった』(20)『茜色に焼かれる』(21)『アジアの天使』(21)『愛にイナズマ』(23)。
『本心』11月8日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
<STORY>
「大事な話があるの」――そう言い残して急逝した母・秋子(田中裕子)が、実は“自由死”を選んでいた。幸せそうに見えた母が、なぜ自ら死を望んでいたのか…。どうしても母の本心が知りたい朔也(池松壮亮)は、テクノロジーの未知の領域に足を踏み入れる。生前のパーソナルデータをAIに集約させ、仮想空間上に“人間”を作る技術VF(ヴァーチャル・フィギュア)。開発している野崎(妻夫木聡)が告げた「本物以上のお母様を作れます」という言葉に一抹の不安を覚えつつ、VF制作に伴うデータ収集のため母の親友だったという女性・三好(三吉彩花)に接触。そうして“母”は完成、朔也はVFゴーグルを装着すればいつでも会える母親、そしてひょんなことから同居することになった三好と、他愛もない日常を取り戻していくが、VFは徐々に“知らない母の一面”をさらけ出していく……。
監督・脚本:石井裕也
原作:平野啓一郎「本心」(文春文庫 / コルク)
音楽:InyoungPark 河野丈洋
出演: 池松壮亮、三吉彩花、水上恒司 、仲野太賀/田中 泯、綾野 剛/妻夫木 聡、田中裕子
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2024 映画『本心』製作委員会