幼い娘を亡くした夫婦が骨董市で見つけた愛らしい人形に心を癒されるが、その人形にはある秘密が隠されていた…。長澤まさみ主演『ドールハウス』は110 分の間、怒涛の展開を見せるノンストップの“ドールミステリー”。「いつかオリジナル脚本でミステリーを撮りたい」とアイデアを温めてきた矢口史靖監督の念願の作品である。公開を前にSCREEN ONLINEでは矢口監督にインタビューを敢行。作品への熱い思いを語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

アドリブで演じた長澤まさみと瀬戸康史


──主人公の鈴木佳恵を演じているのは長澤まさみさんですが、当て書きをされたのでしょうか。

僕は器用でないので、当て書きってしたことがないのです。シナリオを書き終えてから、佳恵は誰がいいのかを考え始めたときに、『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』にも出てもらった長澤さんがいいのではないかと思いました。佳恵はアップダウンが激しく、落ち込んだ状態から立ち直り、またしばらくすると落ち込みますが。でもラストに向けて夫よりも強く前に進んでいきます。難しい役どころですが、彼女ならできると思ったのです。

長澤さんに脚本を送って読んでもらったところ、すぐに「やりたい」という返事がきました。そこからものすごいスピードで企画が進んでいったのです。


──長澤さんは『MOTHER マザー』(2020年)で母親を演じているものの、普通の母親の印象がありません。しかし、母親の悲しみや喜びを見事に演じていらっしゃいました。長澤さんとはどのように佳恵という役を作っていかれたのでしょうか。

“ここは完全に闇に入っている”、“ここは回復途中”、“ここはすっかり元気になっている”、“元気になったところから人形に翻弄されて、また最初の闇に近づいていく”といった大きな流れは説明しましたが、基本的には長澤さんが脚本を読み込んで、本当に的確に演じてくれたと思います。すごく板についていましたよね。2人目の子どもが0歳児から幼稚園の制服を着ている5歳児にパッと変わった瞬間に「抱っこ?」と言いながら抱え上げる仕草とか、子どもとのやり取りが自然なのです。そういった芝居を見ていると親子の関係が良好であることが、セリフがなくても伝わってきます。

画像1: アドリブで演じた長澤まさみと瀬戸康史


──時期によって髪の長さを変え、ぼさぼさの髪型のときには闇に囚われている苦悩が伝わってきました。

4種類くらいの髪型をしていますが、最初は若くて元気いっぱいのお母さん、そこから、娘を亡くして落ち込んで、伸びた髪が顔に掛かっているようにしてもらい、5年後は演出上の意図があってもっと長くなっています。

髪型もそうですが、気分が下がっているときはメイクもよりクマがあって、やつれている感じにしてもらい、服も原色を使わず、グレーに近いものを着てもらいました。一方で気分が上がってくると原色も入ってくるなど、細やかな違いを作っています。


──佳恵の夫・忠彦は佳恵を支えようとしていますが、佳恵の深い悲しみがなかなか理解できません。そんな忠彦を瀬戸康史さんが演じていますが、キャスティングの決め手はどのようなところでしょうか。

忠彦は人形の不気味さに気が付いた佳恵の訴えを「勘違いじゃない? 大丈夫だよ」とあまり気にせず、妻のアップダウンを能天気に支えているようにしたかったので、瀬戸さんなら明るく健康的なお芝居をしてくれるだろうと思ったのです。


──忠彦は看護師です。映画で夫が医療関係者という場合、医師のことが多いような気がしますが、看護師というのは何か意図があってのことでしょうか。

ストーリー上、佳恵が入院したり退院したりしますし、クライマックスの導入部に医療的な行為が必要なので、医療関係者にしました。医師ではなく看護師にしたのは、浮き沈みの激しい妻のメンタルを支えてあげるために、妻に付き添うには医師よりも看護師の方が時間に融通が利くと思ったのです。

画像2: アドリブで演じた長澤まさみと瀬戸康史


──現場での長澤さん、瀬戸さんについて、印象に残っていることはありますか。

お二人はこの作品以外にも『コンフィデンスマンJP -英雄編-』(2022年)、『スオミの話をしよう』(2024年)で共演されているのでお互いがよくわかっており、夫婦役も無理なく演じてくれました。

ただ、瀬戸さんはイケメンなので放っておくとカッコよくなってしまいます。「すみません、カッコよすぎるので、もう少しちゃらんぽらんな感じになりませんか」と伝え、1回台本を忘れて、2人ともセリフを好きに言ってもらいました。すると自然な感じになったのです。

瀬戸さんはセリフをきっちり言うこともできるし、アドリブで全部こなすこともできる。瀬戸さんってすごいなと思いました。もちろん、そんな瀬戸さんにアドリブで返せる長澤さんもすごいですけれどね。


──長澤さん、瀬戸さんだから表現できた夫婦の絆だったのですね。

子どもを亡くした悲しみから立ち直った夫婦が人形のせいで崩れていくというのが、とてもうまく表現できていたと思います。


──真衣を池村碧彩さん、芽衣を本田都々花さんが演じていました。幼い子役のお子さんたちに対してはどのような演出をされましたか。

怖がるシーンよりも、日常生活をどうリアルに見せるかに気をつけました。

訓練された子役の子は笑うときにはけたけた笑い、泣くときには「えーん」と泣き、走っているときは「わーい」と言うことが身についてしまっている子が多いのです。しかし、それでは普段なら絶対に起きないことが起きたときに、不可思議さがファンタジーになって怖くなくなってしまうのです。

画像3: アドリブで演じた長澤まさみと瀬戸康史


──お母さんを演じた長澤さん、お父さんを演じた瀬戸さんが自然な雰囲気を醸し出していたことで、子役のお子さんの自然な演技が導き出せたのでしょうか。

3人一緒にいることが多かったので、それはすごく効いていたと思います。


──今回、撮影時にゾクッとするようなことはありましたか。

長澤さんの芝居にゾクッとしましたね。序盤で長澤さんが叫ぶシーンがあるのですが、あそこは本当にゾクッとしましたし、心療内科でグループセラピーをしているときに、佳恵はつい泣いてしまうのですが、そこも違う意味でゾクッとしました。

あり得ないことが起きますが、ファンタジーだと捉える人がいたらまずい。これは本当に起きているのではないかと思えるようにしなくてはなりません。冒頭から前半にかけての長澤さんを撮っているときは「いい作品が作れている」と手応えを感じ、本当にゾクゾクしました。

画像4: アドリブで演じた長澤まさみと瀬戸康史


──『WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜』から10年以上経ちましたが、長澤さんはいかがでしたか。

前半の子どもを亡くしたシーンからクライマックスにかけてお芝居のテンションが変わっていくのですが、どちらもできる人はなかなかいません。それをきっちり演じ分けてくれた。何をやらせても大丈夫と感じました。彼女は信頼できる女優さんです。

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