ワンサイドからの視点にしない
──本作は巨大な豪華客船内で起きたパンデミックが描かれています。プロデューサーの増本淳さんから監督オファーを受けたとき、どう思われましたか。
増本さんは「THE DAYS」(2023年、Netflix)を作られましたが、僕も原発問題に関心が強かったので、とても大変なことにチャレンジされたと思い、どういう風に映像化されたのか、興味深く拝見させていただきました。
コロナ禍も、わたしたち全員が関わったこと。「THE DAYS」を作った方がこの実際の事件をどう脚本化されるのかということに対して、まず興味を掻き立てられました。
気づかされたのは、僕は当時、マスコミから流れてくる情報を鵜呑みにしていたのではないかということ。恐れながら、多くの人が僕と同じ視点であの事件を覚えていると思います。しかし、増本さんが綿密にリサーチして書いた企画や初稿を拝見すると、それがいかに一方的な見方であったのかということを考えされられました。物事を見るときには多くの情報ソースがあるべきです。増本さんの脚本を映画化することで、このことを多くの人に知ってほしいと思い、様々なリスクを考えた上で「やりたい」と返事をしました。

──増本さんはクルーズ船に入船した医師との会話をきっかけに取材を始め、300ページを超える取材メモから、これまで知られることのなかった船内のエピソードを脚本として丁寧にまとめ上げたと聞きました。
増本さんの脚本はとてもエキサイティングでした。実際に起きたことなので、どうなるかがわかっているにも関わらず、読んでいてスリリングだったのです。これまでに「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」など、いくつもの医療系のドラマを手掛けられてきたが故の、百戦錬磨の手腕を感じました。

──監督が入ってから、さらに脚本を練り上げていったとのことですが、その際に大事にされたのはどういったことでしょうか。
この事件はいろいろな人が関わっていることなので、僕としてはワンサイドからの視点にならないよう提言させて頂きました。
増本さんの脚本には「みんなはなぜマスコミが報じたようにしか理解しないのか。こういう立場の人たちもいたことを分かってほしい」という静かなる怒りのような強い思いが込められていました。それは映画を作る原動力になります。しかし、そのままぶつけてしまうと過剰に反応する人が出てくるかもしれません。対話ができる状態にするためにも複数の視点を入れ、フラットで客観的な視点を意識しながら、登場人物がどういう風に感じて、どういう行動をしていたのかを描いていくことが大事だし、「開かれた映画になるのでは」とお伝えしました。
その過程で増本さんが実際の事件からインスパイアされたエピソードを上手に盛り込んでくださいました。福島の原発事故のときに長時間、バスに乗って避難した高齢者がどうなってしまったのかという話を結城がしますが、DMATの方々は原発問題のときにもいろいろ経験をされており、原発問題も取り組まれた増本さんだからこそ書けた話でした。また、外国人の幼い兄弟のエピソードはかなり後の方で盛り込まれた話でしたが、そのエピソードがあまりにも素晴らしいので、この作品のステージが一段階上がったのではないかと思っています。改稿を重ねることで、バランスのいいものができあがりました。

──さまざまな立場で、いろいろな視点があることを描かれたのですね。
映画で描くとなるとどうしてもステレオタイプな人物像にキャラクターをあてはめて、見る側も「この人はこういうキャラクターよね」といった先入観を持って見てしまうことが多々あります。しかし人間はそんなに単純ではありません。この作品ではステレオタイプなキャラクターにならないように常に気をつけていました。
俳優の方に対しても、私たちはみなさんが演じた役を通じて、「あの人はこういう人なのかな」と想像しがちですが、実際には俳優の方も非常に複雑で多面的な思いを抱えながら演じています。それを知ることがお互いを理解するための一歩かなと思います。
──マスコミの描き方も一面的ではありませんね。
当然ですが、マスコミにもいろいろな人がいます。当時、報道側にいた人に話を聞くと、もっと露骨で無遠慮なことも行われていたようです。しかし、「これでいいのか」と迷いがあった人も少なからずいた。そのこともピックアップすることが大事だと思いました。その意味では桜井ユキさんが演じたテレビ局の記者は葛藤を抱えていたマスコミの人の代弁者で、いちばんフィクショナルな存在かもしれません。ワンサイドの視点で描かないことは、対話を生む映画として大切な要素だと考えています。

──未知のウイルスに立ち向かうDMATの指揮官・結城英晴や厚生労働省から派遣された役人・立松信貴、結城とは東日本大震災でも共に活動し、“戦友”とも呼べる過去を持つ仙道行義、地元に家族を残して横浜に駆けつけたDMAT隊員・真田春人の4人のメインキャラクターにはモデルの方がいらっしゃるのでしょうか。
4人全員、モデルがいます。映画では結城と仙道、立松がお互いの立場を理解して、バディを組んでいくという側面がありますが、モデルになった方々もバディを組んで、パンデミックに立ち向かっていかれました。
他のDMATの先生方も何人かの人物に起きたことをある人に集約したりしていますが、行われたことや話したことは事実に基づいています。関係者の方がご覧になれば、「これはあの先生がやったことで、あれはあの先生がやったことで、それらがこの先生にまとめられているんだな」とお判りになるかと思います。

──結城や仙道はモデルがいるだろうと思っていましたが、官僚としては型破りな立松にもモデルがいるのですね。
立松に関しては、ご本人の方が型破りなところがあり、問題が解決できるのなら、革新的なやり方であっても、それを行うことができるルートを見出して、その方法で解決しようとされていました。そういう官僚がリアルにいるのを知り、「官僚にもこんな人がいるんだ」とびっくりしましたが、同時に「政府側にこんな人がいたらありがたい」とも思いました。
以前、小栗旬さんと投票を促すプロジェクトをやったことがありました。そのときに小栗さんが「政治家もミスを批判されるだけではなく、効果的なことをしたところも報道して、スポットライトが当たったほうがいいと思う」と言っていました。政治家や官僚は正解を出すことが基本で、失敗するたびに減点されていくというところがあります。しかし、がんばっているのに、そういうところを誰も見てくれないのに、何かミスをした途端に叩かれるようなら、誰も政治に携わりたくなくなる。小栗さんが言っていたことは尤もだと思いましたし、立松のような官僚もいるのだと知ってもらいたい気持ちがありました。
