名優のキャリアを中心にその道のりを振り返る連載の第43回。今回は先日のアカデミー賞で主演男優賞候補になった『教皇選挙』で再注目され、続く最新作『28年後…』では謎に包まれた医師を演じる英国のベテラン俳優レイフ・ファインズです。
(文・井上健一/デジタル編集・スクリーン編集部)
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悪役も善人も自在に演じるだけでなく
善悪の狭間にいる人間の“揺らぎ”を表現する名優

「ハリー・ポッター」シリーズで最強の敵ヴォルデモートを演じたかと思えば、「007」シリーズでは、ジェームズ・ボンドの上司“M”(4代目)に扮して世界平和に貢献。善悪を問わず、どんな役にもなりきる名優。それがレイフ・ファインズだ。

1962年12月22日、英国のサフォークで6人きょうだいの長男として生まれたレイフ・ファインズは、名門・王立演劇学校で学び、87年に舞台デビューすると、英国王立劇場、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで経験を積む。父が写真家、母が小説家ということで、芸術的なセンスは両親の血を受け継いだと言えるかもしれない。同様に、同じく俳優になった弟ジョセフ・ファインズを始め、妹や弟たちも軒並み映画監督や作曲家として活躍している。

弟で俳優のジョセフ・ファインズと一緒に

映画初出演は、エミリー・ブロンテの名作を映画化した92年の『嵐が丘』。英国伝統の重厚な演技を身に着けたファインズは翌93年、スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』で、ナチスのユダヤ人強制収容所長役が注目を集め、早くもアカデミー賞助演男優賞にノミネートされる。さらに3年後、『イングリッシュ・ペイシェント』(96)で2度目のアカデミー賞候補(主演男優賞)に。

俳優としてのファインズの特徴は、前述の通り、悪役から善人まで自在に演じる点にある。だがその芝居は、善人なら善人、悪役なら悪役、とはっきり線引きされているわけではなく、悪役でもどこか人間味が覗く奥深さがあり、善人であっても内面の苦悩を窺わせることが多い。その様子を例えるなら、心の中に善と悪(または陰と陽、光と影)のバランスを調整するレバーがあり、役や場面に応じてそれを左右に操作しながら、善悪の狭間にいる人間の“揺らぎ”を表現する…とでも言えばいいだろうか。

『シンドラーのリスト』公開時のイベントで共演のベン・キングズレー、スティーヴン・スピルバーグ監督と

そんな“揺らぎ”の表現は、冷酷な殺人鬼を演じた『レッド・ドラゴン』(02)、かつて愛した女性がナチスの協力者だったことを知り、苦悩する弁護士に扮した『愛を読むひと』(08)などを経て、さらに深みを増していく。

そして、持ち味であるその“揺らぎ”が端的に効果を発揮した例が、『007 スカイフォール』(12)だ。この作品で演じた情報国防委員会委員長ギャレス・マロリーは、M(ジュディ・デンチ)に引退を勧告するなど、当初は冷たい印象を受ける。ところが、その印象は物語の進行と共に変化。最後は亡くなったMの後を継ぎ、新たなMに就任するサプライズを経て、以後は上司としてボンドを見守っていく。人間の“揺らぎ”を表現するファインズらしい好演だった。

「007」の撮影スタジオを訪れたチャールズ国王をダニエル・クレイグ、キャリー・ジョージ・フクナガ監督と出迎えたファインズ

そんな計算し尽くされた芝居を見せるファインズは、演技について次のような言葉を残している。

「僕は、演技は知的というより、むしろスポーツに近いと思っている。スポーツは、次の瞬間に向かって解放されているだろう? 役者も一瞬ごとに、自分のスキルを総動員できる状態で、全身全霊でそこに存在しなければならないんだ。(中略)“演技”をするところではなくて、内面がそのままあふれ出てくるところを見た時、素晴らしい演技だと思う」

これをわかりやすく解釈するならば、「事前に入念な準備をした上で、本番では考えるのではなく、全身全霊でスポーツのように瞬間、瞬間に向き合う」ということになるだろうか。

それを裏付けるように、『教皇選挙』(24)ではイタリア語とラテン語を習得し、枢機卿や司祭に会って話を聞くなど、入念な役作りの結果、18年ぶりとなる三度目のアカデミー賞ノミネート(主演男優賞)を果たした。世界各地から集まったカトリックの枢機卿たちの思惑が交錯する中、数々の問題に直面しながらも、新たなローマ教皇を決める選挙“コンクラーベ”を仕切るローレンス枢機卿は、“揺らぎ”の表現者ファインズのはまり役だった。

そんな彼の最新作となるのが『28年後…』(6月20日公開)だ。ダニー・ボイル監督×脚本:アレックス・ガーランドという英国を代表する映画人がタッグを組んだ物語の中でどんな名演を見せるのか。ぜひ期待を持って、映画館に足を運んでほしい。

「ハリー・ポッター」シリーズの共演者ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリントと

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