パンイチにも真摯に取り組んだ阿部寛
──主人公の山縣泰介を阿部寛さんが演じています。キャスティングを聞いたとき、どう思われましたか。
浅倉:執筆中は特定の俳優さんをイメージせず書いていました。「名探偵コナン」で犯人が黒いシルエットで表現されますが、執筆中はあのような感じでキャラクターが頭の中には存在しているのです。ただ、それではキャラクターの軸がブレてしまうことがある。そこでパソコンのモニターの右の方に俳優さんの写真を貼り、時々その顔を見て、「いけない、いけない、この人はこんなセリフは言わない」と立ち返るのです。
この作品では阿部さんの写真は使っていませんでした。ただ「主演は阿部さん」と聞いたときには、ファンでもありましたから、うれしかったですね。その瞬間から「主人公は阿部さん」と脳内が切り替わり、ぴったり当てはまりました。
山田:僕も阿部さんのイメージはすぐに浮かびました。阿部さんは、真面目にやればやるほど面白くなる俳優さんです。コメディを狙わずに笑いを生むことができる。その特性が、この逃亡劇にユーモアを添えてくれると思いました。物語の根幹は「逃げ続ける劇」ですが、阿部さんなら凄惨になりすぎず、独特の世界観を作ってくださる。まさに適役だと思いました。
──ポスタービジュアルに使われている「トレーニングウェア姿の山縣泰介が見知らぬ人に写真を撮られて驚いた顔」はまさにコメディを狙わずに笑いを生むことができる顔ですね。
山田:あの顔のシーンの撮影はこちらから何か演出をしたわけではありません。建物と建物の隙間で奥にも進めたので、美術部さんにお願いして室外機などを置いて、通れなくしておきました。そういった場の設定さえしておけば、阿部さんは一回奥に行きかけて、表に出てきてくれるのです。
阿部さんは「ここはそれが面白いんだ」ってことが明確であれば、衒うことなく真摯に向き合い、乗ってくださる方です。だからパンイチ(パンツ一枚)のところもノリノリな雰囲気で撮影ができ、阿部さんの懐の深さを感じました。
──パンイチになるシーンは撮影が冬の夜でしたから、かなり過酷だったのではありませんか。
山田:崖下りの撮影は寒さ対策をばっちりしていましたが、その後に展示場のモデルハウスに駆け込んでくるところもパンイチでしたから、阿部さんはめちゃくちゃ寒かったと思います。海のすぐ脇で風がびゅーびゅー吹いていましたから、ロケーション的にもきつかったでしょうね。
──浅倉先生は映画化が決まったときに出されたコメントで「今作を映画にしていただけると聞いたとき、きっと主演の方は主人公と同様、とんでもなく苦しい思いをされるに違いないと予感しました」とおっしゃっていましたが、このパンイチになるシーンのことを思い浮かべていらっしゃったのでしょうか。
浅倉:原作を書いているときに、職を失い、車を失い、信頼を失ったことを象徴的に表わすこととして、とうとう服まで失って裸になるという場面を思いつきました。この作品を映画化するとなったら、誰をパンイチにするかというところは結構、軸になって考えてくれるんじゃないかなと思ったぐらいです。ここがいちばんユーモアとして面白くなり得るし、俳優さんにとっては挑戦になるところ。作品にとっては大きなキーになります。監督にも阿部さんにも申し訳ないと思いながらも、多分、みんなが「見たい!」のではないかと思っていました。
──阿部さんは身体が引き締まっていらっしゃるので、見栄えもしましたね。
山田:仕上げてきてくださったなと思って、現場で見ていました。
浅倉:「よくぞ脱いでくれた」というか、「待ってました」という身体で、1周回って面白い感じでしたね。