阿部寛主演『俺ではない炎上』はSNSで根拠の乏しい情報が真実とされ、大きな事件へと発展するという現代ならではの冤罪の恐怖を描いた作品である。原作は第36回山本周五郎賞候補にもなった浅倉秋成の同名小説で、山田篤宏監督がメガホンを執った。公開を前にSCREEN ONLINEでは山田篤宏監督、原作者 浅倉秋成氏にインタビューを敢行。作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

決めセリフは段取りの段階から完璧で、本番は一発OKだった芦田愛菜

──謎の大学生サクラ役の芦田愛菜さんについてはいかがでしたか。

山田:最初に「20代の女子大生役」と言われて、いろんな方の名前が挙がったのですが、芦田さんは思いもよらずで、芦田さんの名前が出たときには「そうだ!」と驚きました。年齢的にもぴったりでしたし、演技も本当に素晴らしかったです。

ただ芦田さんはすでに「国民の娘」のような存在。今でも隣に立って話をすると「あ、自分は今、芦田愛菜と話しているんだ」と思ってしまうような現実感のなさがあります。

──芦田さんには印象的なセリフがありましたが、その場面は圧巻でした。

山田:あのセリフは原作にも書かれていましたが、脚本を読んだときは「どうなるんだろう」と思っていました。しかし段取りの段階から完璧で、カメラを回せば「これ以上はない」という感じ。もちろん一発OKでした。現場の誰もが納得したと思います。

──浅倉先生は現場にいらしたとき、芦田さんにお会いになられましたか。

浅倉:僕からすれば、もう全部キラキラの世界のことなので、「すげえ~」と思いながら、遠くから見ていました。そもそも僕は“ものづくりの人間”なので、映画の現場にものすごく興味があったのです。本当にたくさんのスタッフがいて、それぞれ違った仕事をしていることについてシンプルに感動していましたし、「あの人は何をカウントしているんだろう」とか「あの人はいったい何を持っているんだろう」とか全部気になりました。そういう意味で、「芦田さんが…」というのではなく、もう全部に飲まれていたんですけどね(笑)。

芦田さんに限らず、一視聴者として知っている方に会うのは、やっぱりすごく緊張してお腹が痛くなりそうでした(笑)。だから、ご挨拶する機会はありましたが、いろんなことに緊張していて、変なことをしでかしてしまう前に、ノープレイノーエラーで終えたいと思っていました。

個人的には芦田さんって、読書家でいらっしゃるので、本を読んだ芦田さんから「面白い」と言ってもらえるのは、小説を書く人間としてはステータスです。と、言ってしまうと芦田さんにプレッシャーを掛けてしまいそうですが、でもやっぱり、そう言われた作家さんはすごくうれしいと思うんですよ。そういう意味では、自分が書いた本に芦田さんが出演してくれたというのは文芸界隈からちょっと許されたのかなという感覚があって、私はすごくハッピーですね。

画像1: 決めセリフは段取りの段階から完璧で、本番は一発OKだった芦田愛菜

──芦田さんに「原作はいかがでしたか」とお聞きになりましたか。

浅倉:怖くて聞けませんでしたね(笑)。万が一「今回はいまひとつでした」と言われたら立ち直れないですから。感想は求めず、演技を堪能させていただく関係でいたいです。

──阿部さんや芦田さんの演技をご覧になっていかがでしたか。

浅倉:出ている方は皆さん素晴らしかったです。芦田さんは「国民の娘」としてのイメージが強すぎて、女優としての凄まじい実力をつい忘れそうになりますが、今回の役は終盤まで正体が分からない存在として描かれ、とても難しい役どころです。小説なら書かないことで逃げられますが、映像ではすべてが見えてしまうので、結構辛い部分があったかと思います。しかし、芦田さんは圧倒的な演技力で不確かな存在を表現してくださった。まさに適役だったと思います。

──今、文字で表現する小説の強みをおっしゃっていましたが、完成した映画をご覧になって、映像ならではの強みを感じられた部分はありましたか。

浅倉:そうですね。例えば「炎上」を小説で表現するのは実は簡単なんです。SNSで文字が並んでいるだけで、読む側は炎上を想像できる。けれども映像でそれを表現するのは難しいはずだと思っていました。画面を延々と見せるわけにはいきませんからね。この作品ではその処理が本当に見事でした。炎上という実体のないものを現実といい塩梅でリンクさせて表現できていたと思います。

また、逃亡劇そのものは小説よりも映像の方が映える題材です。自分が見たいと思っていたものが、映像でしっかりと形になっていました。

後半の核となるトリックについても、映画的にどう成立させるのか気になっていましたが、自然に理解できる形に処理されていて感動しました。観客もきっと驚いてくれると思います。むしろ「小説ではどうやったんだろう」と思うかもしれません。

画像2: 決めセリフは段取りの段階から完璧で、本番は一発OKだった芦田愛菜

──トリックに関しては、どの段階で何をどこまで見せるか、編集で試行錯誤されたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

山田:トリックに関しては脚本通りで、編集で特に大きな苦労はありませんでした。ただSNSのシーンには相当な時間をかけました。特にガラガラとツイートが崩れ落ちる場面などですね。

──あの映像は面白かったです。SNSの世界と同時に山縣泰介の自己肯定感が崩壊する様子が見事に表現されていました。

山田:ありがとうございます。あそこは力を入れたシーンの一つです。ひとつひとつのツイートをどう作るか、投稿文や画像だけでなく、アカウント名も全部違うものを用意しました。細かく見てもらえれば、きちんとツイートとして成立しているのが分かると思います。

浅倉:あのシーンまでは主人公が巻き込まれた形で始まった逃亡劇だったのが、あの瞬間に映画として一本筋が通った。映画の格が一段上がる瞬間だったと思います。

山田:CGを全開にしたあのカットが浮いて見えなければ良いのですが…。

浅倉:そんなこと、まったくありません。原作では大量のツイートを書きましたが、映像であれだけ自然に処理されているのはすごいことです。

山田:原作のツイートも参考にしました。元の文を引っ張ってきてアレンジして使っています。

──では最後に、これから作品をご覧になる方に一言ずつお願いします。

浅倉:映画が公開されましたが、小説を読むのは面倒だという方もいらっしゃると思います。映画を観て「原作を読んだ気になる」でも構いません。それくらい完成度の高い映画です。僕自身も大満足の一本なので、気軽に楽しんでいただきたいです。もちろん、お財布に余裕があったら、原作も手に取っていただければうれしいです。

山田:僕としては、原作者の浅倉さんに隣にいていただいて一緒にインタビューを受けられることが何よりありがたいです。もし納得のいく作品になっていなかったら、こうしてご一緒いただけなかったでしょうから(笑)。

映画は「見始めたら止まらないエンターテインメント」を目指しました。その点は達成できたと思っています。あとは一般のお客様がどう受け止めてくださるか。怖さもありますが、楽しんでいただけたらうれしいです。

そして映画は原作とはまた違う処理しているので、ぜひ原作の方もお読みいただければと思います。

浅倉:原作と映画は大きく変わっている部分もありますが、読み味はとても近いものがあると思います。素晴らしい映画に仕上げていただきましたので、ぜひ両方を楽しんでいただければ幸いです。

画像3: 決めセリフは段取りの段階から完璧で、本番は一発OKだった芦田愛菜

<PROFILE>

監督:山田篤宏
1980 年生まれ。ニューヨーク大学で映画製作を学ぶ。2017年第1回木下グループ新人監督賞でグランプリを受賞。その受賞作を自ら映画化した『AWAKE』( 20)で商業映画監督デビューを果たす。その他の監督作品に『ハッピーエンド』(10)、『スカジャン・カンフー』(25)など。他、新作ドラマ準備中。

原作:浅倉秋成  
1989 年生まれ。2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞し、デビュー。19年に刊行した『教室が、ひとりになるまで』が第20回本格ミステリ大賞〈小説部門〉候補、第73回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉候補となる。21年に刊行した『六人の噓つきな大学生』が第12回山田風太郎賞候補、第43回吉川英治文学新人賞候補となり、24年には映画化され話題に。ジャンプSQ.にて連載された中の『ショーハショーテン!』(漫画:小畑健)の原作も担当。

『俺ではない炎上』2025年9月26日 (金)より全国公開

画像: - YouTube youtu.be

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<STORY> 
大手ハウスメーカーに務める山縣泰介(阿部寛)は、ある日突然、彼のもと思われるSNSアカウントから女子大生の遺体画像が拡散され、殺人犯に仕立て上げられる。家族も仕事も大切にしてきた彼にとって身に覚えのない事態に無実を訴えるも、瞬く間にネットは燃え上がり、“炎上”状態に。匿名の群衆がこぞって個人情報を特定し日本中から追いかけ回されることになる。そこに彼を追う謎の大学生・サクラ(芦田愛菜)、大学生インフルエンサー・初羽馬(藤原大祐)、泰介の取引先企業の若手社員・青江(長尾謙杜)、泰介の妻・芙由子(夏川結衣)といった様々な人物が絡み合い、事態は予測不能な展開に。 無実を証明するため、そして真犯人を見つけるため、泰介の決死の逃亡が始まる。

<STAFF&CAST> 
原作:浅倉秋成『俺ではない炎上』(双葉文庫)  
監督:山田篤宏
脚本:林民夫
音楽:フジモトヨシタカ  
出演: 阿部寛 芦田愛菜 藤原大祐 長尾謙杜 三宅弘城 橋本淳 板倉俊之 浜野謙太 美保純 田島令子
夏川結衣 
配給:松竹 
主題歌:WANIMA/�おっかない�(unBORDE/WARNER MUSICJAPAN) 
©2025「俺ではない炎上」製作委員会 ©浅倉秋成/双葉社

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