映画は準備と同時に現場の瞬発力も重要
──土屋太鳳さんが演じられた宮田奈津子は映画オリジナルキャラクターですね。なぜこのキャラクターを登場させたのでしょうか。
実は柚月さん自身も女性キャラクターを出すことを考えていたと聞きました。原作のテーマは「人生の選択」です。人は狭められた選択肢の中で決断し、その積み重ねで生きていく。原作では、桂介が大切な駒を取り戻した後、少し虚ろな人生を歩んでいきますが、僕は「別の選択肢があってもいいのでは」と思いました。たとえば将棋以外の幸せを選ぶ可能性です。
そこで、母との記憶であるひまわり畑、小日向さん演じる師匠の生き方を踏まえ、桂介が「将棋ではない幸せ」を選ぶ道も描きたいと考えました。その象徴として奈津子の存在を設定したのです。奈津子は桂介にとって心を許せる唯一の相手であり、彼女との関わりがあるからこそ、桂介は将棋一筋の人生から一歩外に出られる。観客にとっても「桂介にはこんな選択肢もある」と思わせるキャラクターです。
桂介の私生活を知るキーパーソンとして、刑事たちが真相に近づくきっかけを与える存在でもあります。だからこそ、単なる恋愛相手ではなく、物語の推進力になるように意識しました。土屋さんは演じるにあたって、奈津子の強さや健気さを的確に表現してくださったと思います。

──映画全体を通して「光と闇」のコントラストがとても鮮烈でした。
最初から「この作品は光と闇の物語にしよう」と決めていました。ひまわり畑は光、東明は闇。その両極の間で桂介が揺れ動く構造です。
撮影の江原(祥二)さん、照明の杉本(崇)さんにはクリストファー・ノーラン監督が制作したバットマン3部作「ダークナイト トリロジー」や、自分の作品ならば『ユリゴコロ』(2017)を例に挙げて説明したところ、お二人はすぐに僕が言いたいことを理解してくださって、照明のプランもすぐに固まりました。

──撮影現場ではスタッフとの連携も非常に密だったと伺いました。
今回は特に撮影、照明、美術、VFXのチームががっちり組んでくれました。例えばオープニングのシーン。廊下の奥から光が差し込むイメージを作るために、美術部が壁を作り込み、照明部が光を調整し、VFXでさらに補完する。スタッフ全員が「どうすれば監督のイメージに近づけるか」を考えてくれました。
現場ではスタッフ一人ひとりが責任感を持ち、意見を出し合ってくれる。僕は現場でのアイデアを歓迎するタイプなので、「監督、こうしたらどうですか」と言われれば試してみる。すると予想以上の画が撮れたりするんです。映画は準備と同時に現場の瞬発力も重要です。その両方が噛み合い、チーム全体で作り上げている感覚が強くありました。
──完成した作品をご覧になって、監督ご自身の手応えはいかがでしたか。
正直、撮影しているときは不安もありました。でも編集を進め、音や音楽が入り、完成形を見たとき「自分がやりたかった光と闇の物語になった」と実感できました。スタッフとキャストが全員で築き上げてくれた結果です。
本作は将棋の話ではありますが、僕は「人がどう生き切るか」という物語だと思っています。人生には選択の連続があり、ときに間違ったり、遠回りをしたりもする。それでも自分の選んだ道を歩み切ることでしか見えないものがある。その姿を、桂介や東明を通して描きたかった。観た方が「自分にとっての光は何だろう」と考えてくれたらうれしいです。

<PROFILE>
監督・脚本:熊澤尚人
名古屋市出身。大学から自主映画を始め、コンテストに入選、映画祭に招待される。卒業後は(株)ポニーキャニオンへ入社、「スワロウテイル」「リング」等に携わる傍ら自主映画を続け、「りべらる」がPFFに入選。同社退社後、2004年短編「Birthday」でポルト国際映画祭最優秀監督賞。2005年には自身のオリジナル脚本による、蒼井優主演「ニライカナイからの手紙」で商業長編デビュー。2009年「おと・な・り」(岡田准一・麻生久美子) や2010年「君に届け」(多部未華子・三浦春馬)は大ヒット。2014年「近キョリ恋愛」(山下智久)も興行収入3週連続1位の大ヒット。2017年「ユリゴコロ」(吉高由里子・松山ケンイチ・松坂桃李)で殺人シーンも交えた人間の深層心理に肉薄。これまでのフィルモグラフィーのイメージを覆す新境地を見せ、主演の吉高由里子は第41回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。2018年「ごっこ」(千原ジュニア)は「映画芸術」において年間作品に選出された。 自身による初の小説「おもいで写眞」(幻冬舎)を発表、2021年自ら映画化(深川麻衣、高良健吾)。2023年、「隣人X ―疑惑の彼女―」(上野樹里・林遣都)が公開された。
『盤上の向日葵』10 月 31 日(金)全国公開!
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youtu.be<STORY>
山中で謎の白骨死体が発見される。事件解明の手掛かりは、遺体とともに発見されたこの世に 7 組しか現存し ない希少な将棋駒。容疑をかけられたのは、突如将棋界に現れ、一躍時の人となっていた天才棋士〈上条桂介〉 だった。さらに捜査の過程で、桂介の過去を知る重要人物として、賭け将棋で裏社会に生きた男〈東明重慶〉の 存在が浮かび上がる。桂介と東明のあいだに何があったのか?そして、謎に包まれた桂介の生い立ちが明らか になっていく。それは、想像を絶する過酷なものだった……。
<STAFF&CAST>
監督・脚本:熊澤尚人
原作:柚月裕子「盤上の向日葵」(中央公論新社)
音楽:富貴晴美
主題歌:サザンオールスターズ「暮れゆく街のふたり」(タイシタレーベル / ビクターエンタテインメント)
製作:「盤上の向日葵」製作委員会
出演: 坂口健太郎 渡辺謙
佐々木蔵之介 土屋太鳳 高杉真宙 音尾琢真 柄本明/渡辺いっけい 尾上右近 木村多江 小日向文世 ほか
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/松竹
©2025 映画「盤上の向日葵」製作委員会



