玲夜と瑶太が示す「運命」との向き合い方
──本作は“溺愛系ラブストーリー”としても人気があります。狐月瑶太(伊藤健太郎)も柚子の妹・花梨(片岡凜)を花嫁として見初め、溺愛しますが、玲夜の溺愛は自己肯定感の低い柚子を強くし、瑶太の溺愛は花梨をより自己中心的にしてしまうようにも感じました。この違いはどこにあるとお考えですか。また、それを作品ではどのように演出されたのでしょうか。
最初の段階から、この二組のカップルの違いは作品の中でも重要なポイントになると思っていました。というのも、この物語には「運命というものに人はどう向き合うのか」という大きなテーマがあるんですね。
玲夜のほうは、運命というものをただ受け入れて委ねたり、甘えたりするのではなく、自分のものとしてきちんとつかみにいく。人のせいにせず、「これは自分の人生なんだ」という覚悟を持つ姿勢を持っている。一方で瑶太は、「これが運命なんだ」と受け止めて、ある種の諦めも含めて流れに自分自身を委ねてしまう。そこに二人の違いがあるという話は、それぞれのキャラクターを演じる俳優とも共有していて、そのラインを意識しながら演出していました。
柚子と花梨についても、愛され方の違いというよりも、それをどう受け止めるかという本人の選択や感じ方の違いだと思うんです。柚子も花梨も、それぞれが置かれている状況の中で一生懸命生きていることは間違いありません。
ただ花梨は、狐月家の花嫁として家族の生活まで背負わなければならないという思いの中で、「どうしてお姉ちゃんは……」というように、どこかで他人に責任を向けてしまう瞬間がある。一方で柚子は、自分に起こったことを他人のせいにはしないんですね。この人生は自分のものだと引き受ける覚悟を持っている人なんです。
そうした生き方、構え方の違いが、結果として二人のあり方の違いにつながっているように思っています。

──そうした違いを演出するうえで、永瀬さん、吉川さん、伊藤さん、片岡さんへの演出にもそれぞれ違いがあったのでしょうか。
そうですね。もちろん最初に、それぞれの役柄について「このキャラクターはこういう人物で、何が大切か」などの、私が持っている軸についてはお話しします。ただ、現場での演出に関しては、基本的に相手の俳優によって変わってくる、俳優が軸を持つような感覚なんです。この俳優にはどの伝え方が響きやすいだろうとか、どのアプローチが心地よいだろうということを観察しながら掴んでいって、その人にとって一番伝わりやすい方法を取るようにしています。ですから、4人それぞれ演出の仕方は違っていたと思います。
永瀬君に関しては、まず彼がもともと持っているものをしっかり見極めて、その中をさらに彫り込んでいくような言葉をかけていくという作業をしていました。そうやって少しずつ掘り下げながら、一緒に感覚を共有していくようなやり方ですね。
吉川さんは、とても芯が強くて、「自分はこう思う」という考えをはっきり持っている方なんです。なので彼女が持っている言葉や思いを大事にしながら、彼女の感覚に役を近づけていくような作業をしていました。
伊藤君に関しては、最初に芝居を作った段階で、ある意味100点の正解をパッと出してくれるんです。だからこそ、その先をどう広げていくかという感じでした。「ここまでできているんだから、もっと先まで行けるんじゃないか」ということを一緒に探っていくような感覚ですね。
片岡さんは、ずっと寄り添いながら作っていったという印象があります。彼女の中に役の捉え方や考えはしっかりあるので、それを現場で見せてもらいながら、コンディションやお芝居の感触が心地よいかどうかを大切にしていました。まず現場で安心してもらうこと、そのうえで一緒に「もう少しこうしてみようか」と探っていく、そんな進め方でした。
──それぞれ俳優さんによって性格が違っていて、そこをきちんと見極めながら演出されていたんですね。
そうですね。そういう部分を見極めていくことも、監督の大事な仕事の一つだと思っています。ですから、俳優それぞれに合った形を探りながら演出していきました。
