幕末という激動の時代を背景に、医師たちの葛藤と人間模様を軽やかに映し出す『幕末ヒポクラテスたち』。急逝した大森一樹の遺した企画を、緒方明が引き継ぎ、完成へと導いた。主演に佐々木蔵之介を迎え、時代に翻弄されながらも“生きる”ことに向き合う人々の姿を描く本作。恩師への思いを胸に、軽やかさとリアリティを両立させた演出の裏側を、緒方監督が語った。(取材・文/ほりきみき)

「その花は外来種です」――時代劇のリアリティを支える東映京都撮影所の底力

──東映京都撮影所での撮影は念願だったとのことですが、実際に時代劇を撮ってみていかがでしたか。

とても心地よかったですね。いい意味で“昭和が残っている場所”なんです。自分が20歳前後で映画の世界に入った頃、東京の東映撮影所で感じた空気がふっと蘇ってきました。

もちろん、今は映画づくりもデジタル化が進んで、制作体制も昔とは変わっています。でも、東映の太秦撮影所には、昔ながらの映画づくりの精神というか、現場の空気がしっかり残っていたんです。アナログ世代の自分にとっては、とても居心地のいい場所でした。

撮影所の近くに借りた部屋から、毎朝、歩いて通っていたんですが、その道のりも含めて特別な時間でしたね。「ここで深作欣二が『蒲田行進曲』を撮ったんだ」とか、「工藤栄一が時代劇を撮っていたんだ」とか、そんなことを思いながら通っていました。

今は時代劇の本数自体も減っていますが、それでもあの場所には“映画のふるさと”のような感覚がある。そして建物だけでなく、そこにいるスタッフの中にも、その精神がちゃんと受け継がれているんです。現場のスタッフは年齢的には自分より若い方が多いんですが、話していると「やっぱりベテランだな」と感じる瞬間があって、その京都の言葉の響きとともに、とても頼もしく、嬉しく感じていました。

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──賭場のお金を持ち出した新左が逃走するシーンは非常に臨場感がありましたが、どのように撮影されたのでしょうか。

あのシーンは、とてもアナログな方法で撮っているんです。スタッフが漕ぐ自転車の後ろにカメラマンの清久(素延)さんが乗って、撮影しました。いわゆる“ママチャリ撮影”ですね。もちろん、カメラカーやドローン、専用のリグなど、いろいろな撮影方法はあるんですが、今回はあえてシンプルなやり方を選びました。その方が、狭い路地の中で被写体にぐっと寄れるし、結果的にあの独特の緊迫感や生々しさが出せたと思います。手作業に近い方法だからこそ、出る揺れや距離感があのシーンにはうまくハマりました。

画像1: 【インタビュー】軽やかに生と死を見つめる『幕末ヒポクラテスたち』緒方明監督
画像2: 【インタビュー】軽やかに生と死を見つめる『幕末ヒポクラテスたち』緒方明監督

──セットに慣れている東映京都撮影所のスタッフだからこそできた撮影なのでしょうか。

いえ、特別なことというより、映画人なら普通にやる発想だと思いますよ。こちらは「こういう風に撮りたい」というリクエストを出して、それをどう実現するかは撮影部やカメラマンが考える領域ですから。実際に自転車が出てきたときは、「こんなにアナログでやるんだ」と思わず笑ってしまいましたけどね(笑)。でも、それが一番理にかなっていたんです。

今はハリウッドなどでは、特殊機材やドローン、CG合成といった方法が主流になっていますけど、僕らが映画を始めた頃は、リヤカーにカメラを乗せて引っ張るようなやり方でしたから。それと本質的には変わらないんですよ。

東映京都撮影所のスタッフがそういうアナログな手法に慣れているというより、「その場にとって一番いい方法を選ぶ」という感覚が自然にあるんだと思います。結果的にコストも抑えられますし、なにより画としてしっくりくる。そういう意味でも、あのやり方はとても良かったと思います。

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──自転車以外にも、印象的だった“アナログな工夫”はありましたか。

いわゆるアナログというのとは少し違うかもしれませんが、「なるほど」と思った出来事がありました。ロケハンで撮影所の外、亀岡のあたりなどに行ったときのことです。田んぼの中の道に野草の花が一面に咲いていて、とてもきれいだったんです。「この花を手前に入れて撮るといいんじゃないか」と提案したら、美術スタッフから「それはダメです」とはっきり言われました。聞けば、その花は戦後に入ってきた外来種で、時代設定に合わないというのです。正直、「そこまで分かるかな」と思ったんですが、京都のスタッフは「ここで撮るなら全部抜きます」と。実際、そういうことを普段から徹底しているそうなんです。

電柱や電線、現代的なものはCGで消すこともできますが、植物のような細部にまで気を配る。その徹底ぶりには驚きましたし、「ここまでやるのか」と感心しました。時代劇というのは、そうした細部の積み重ねで世界観が成立するものなんだと、改めて実感しました。

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──日本映画の底力を感じますね。

本当にそうですね。現場では細かいところまで徹底していて、驚かされることが何度もありました。たとえば、撮影中にセリフを少し足そうと思って、子どもに「お帰りなさい」と言わせようとしたことがあったんです。そうしたらすぐに「監督、それは違います」と止められて。「当時は『お帰り』であって、『お帰りなさい』とは言いません」と。なるほど、と感心しましたね。

こうした時代考証の精度がとても高くて、「これはどうなんだろう」と思ったことも、その場ですぐに調べて判断してくれるんです。日常的にそういう知識が積み重なっているんでしょうね。

ほかにも、生活音や所作など、「こういう音は当時はしない」といった細かなルールがいろいろあって、本当に勉強になりました。

そうした積み重ねがあるからこそ、時代劇のリアリティが生まれる。まさに現場の力、日本映画の底力だと感じました。

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──「映画のこれまでとこれからのために作った」と語られていますが、監督が考える“映画の未来”とはどんな姿でしょうか。

正直に言うと、はっきりしたことは分からないですね。映画がこれからどう進化していくのかというのは、日本の未来そのものとも重なる話で、簡単に言い切れるものではないと思います。

ただ、映画そのものがなくなることはないだろうとも感じています。よく映画を“銭湯”に例えるんですが、昔は家に風呂がないのが当たり前で、みんな銭湯に通っていましたよね。でも家庭に風呂が普及すると、銭湯は減っていった。それでも今は温泉やスーパー銭湯のような形で、違う形で残っている。映画もそれに近い存在になるのではないかと思うんです。

つまり、かつてのように街のあちこちに映画館があって、多くの人が同じ空間で同じ作品を観る、という形は変わっていくかもしれない。でも、映画という表現自体は、これからも残り続けるはずです。少なくともあと100年くらいはなくならないんじゃないか、という気はしています。

そして、その中で映画が何を映していくのかといえば、やはり“人の気持ち”だと思います。技術や環境がどれだけ変わっても、人間の感情を描くという本質は変わらない——そうあってほしいという希望も込めて、そう考えています。

画像5: 「その花は外来種です」――時代劇のリアリティを支える東映京都撮影所の底力

<PROFILE> 
監督:緒方明  
1959年生まれ。佐賀市出身。福岡大学在学中に石井聰亙監督と出会い、映画監督を志して上京。『狂い咲きサンダーロード』(80)などの石井作品で助監督を務めるかたわら、自主制作映画『東京白菜関K者』(80)を監督。ぴあフィルムフェスティバル81にて長谷川和彦、大島渚らの推薦を受け入選を果たす。その後、高橋伴明監督や大森一樹監督らの助監督を務め、86年にフリーディレクターとして独立。2000年『独立少年合唱団』で長編スクリーンデビュー。第50回ベルリン国際映画祭コンペ部門で新人監督賞にあたるアルフレッド・バウアー賞を受賞。日本人初の受賞となった。その後『いつか読書する日』(05)はモントリオール世界映画祭審査員特別賞ほか国内外で高く評価され、主演を務めた田中裕子はこの作品でキネマ旬報主演女優賞の他数多くの賞を受賞。『のんちゃんのり弁』(09)は第31回ヨコハマ映画祭で監督賞受賞。主演を務めた小西真奈美は第64回毎日映画コンクールをはじめヨコハマ映画祭、高崎映画祭で主演女優賞を受賞。2010年、1957年ルイ・マル監督のフランス映画をリメイクした『死刑台のエレベーター』が公開されるなど、CMやミュージックビデオ、ドラマなどを多数演出している。

『幕末ヒポクラテスたち』5月8日(金)新宿ピカデリー他全国公開

画像: 映画『幕末ヒポクラテスたち』本予告〈5月8日全国ロードショー〉 www.youtube.com

映画『幕末ヒポクラテスたち』本予告〈5月8日全国ロードショー〉

www.youtube.com

<STORY> 
幕末、京都のはずれの村。大倉太吉は、貧しい者からは診察代をとらず、大胆で爽快、好奇心旺盛な蘭方医。“どんな病も葛根湯”の漢方医・玄斎とは、ディスり合いが日課の犬猿の仲。そんなある日、気性の荒い青年・新左を手術で救ったことから、太吉と新左の人生が変わっていく。やがて村の危機に直面するなか、奮闘する太吉らが見出す明日とは――。

<STAFF&CAST> 
監督:緒方明 
脚本:西岡琢也 
製作総指揮:大森一樹、浮村理  
企画:夜久均 
出演:佐々木蔵之介 藤原季節 藤野涼子 川島鈴遥 堀家一希 諏訪太朗 阿南健治 栗原英雄  吉岡睦雄 斉藤陽一郎 室井滋(ナレーション) 真木よう子 柄本明/内藤剛志 
配給:ギャガ  
配給協力:大手広告 
©「幕末ヒポクラテスたち」製作委員会  

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