営団地下鉄日比谷線の脱線事故から20年。かつての初恋相手に書いた一通のラブレター。実話に着想を得た石井裕也監督の最新作『人はなぜラブレターを書くのか』が公開される。主演の綾瀬はるかをはじめ、妻夫木聡や佐藤浩市ら、監督が「彼らでなければならなかった」と断言する盤石のキャストが集結。効率が優先される現代において、なぜ人はあえて「手紙」という非合理な手段を選ぶのか。監督はそこに、理屈では捉えきれない人間の面白さを見出した。自身の亡き母への想いも重なったという本作。映画を通して描かれる、生きていくことの輝きと、創作の舞台裏についてたっぷりと語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

理屈では捉えきれない感情の奥深さを描く

──この作品は、日比谷線事故から20年後に届いた一通のラブレターがきっかけになっています。監督がこのエピソードをスポーツ報知の記事で読んだ瞬間、監督の心に最初に生まれた“引っかかり”とは何だったのでしょうか。

とても感動的な話だと感じました。ただ一方で、なぜこのタイミングで、このメッセージを送ることになったのかが、どうしても分からなかったんです。はっきりとした理由が見えない分、どこか引っかかるものが残って。そこに強い興味を抱いた、というのが最初でした。

──その「なぜ」を、監督はどんな感情の発露として脚本にされたのでしょうか。

その問い自体を映画にしたつもりではあるんですが、きっと理屈で説明できるものではないんだろうな、と思うんです。もし明確な理由があるのなら、もっと早い段階で行動に移していたはずですよね。この20年という時間の隔たり自体が、理屈では捉えきれないものだと感じました。

一方で、ラブレターを書くという行為そのものも、とても非合理的で興味深いものだと思っています。自分の思いを正確に伝えるだけなら、もっと効率的な方法はいくらでもあるはずなのに、それでもあえて手紙を書く。その選択の中に、人間の不思議さや面白さが表れている気がするんです。

さらに、そこに20年という時間が重なることで、より言葉では表しきれない感情が立ち上がってくるはず。そうしたものを映画として描けたら面白いのではないか、と思いました。

画像: 理屈では捉えきれない感情の奥深さを描く

──監督は少し距離を置いてナズナを見るというよりも、むしろ自分の中に重なる部分を持つ人として描いたのですね。

もちろんです。この作品は、20年前の初恋の相手に手紙を書くという行為から始まる物語なので、そこにリアリティがなければ映画自体が成り立ちません。

だからこそ、その行動に至る“名状しがたい心情”や不思議さを、まずは説得力のあるものにしたいと考えました。その発想から逆算する形でナズナというキャラクターを作り上げていきましたし、同時に、どこか捉えどころのない不思議さを持つ俳優として綾瀬さんにお願いした、という流れになります。

遺族の記憶と監督の感性が共鳴する瞬間

──この映画は、地下鉄事故で亡くなった信介の父・隆治が知らなかった息子の人生を手紙で知っていく物語でもあります。この視点はご遺族の方に取材をする中で生まれた視点なのでしょうか。

取材もあります。ただ、それだけではなくて、最初に読んだ記事の中にお父様の手紙が紹介されていたんです。そこに書かれていた言葉から、人となりや、息子さんである信介さんのことをどう思っていたのかがとてもクリアに伝わってきたのです。その時点で、ある程度イメージできた部分は大きかったですね。そこから、父の視点でこの物語を捉えていくことにも繋がっていきました。

画像1: 遺族の記憶と監督の感性が共鳴する瞬間

──監督はモデルとなった富久信介さんと同世代だそうですね。そういったことが大きな影響を及ぼしているのでしょうか。

やはり同世代だからこそ、どこか自分を重ね合わせてしまう部分はあったと思います。

──信介さんがボクシングに打ち込んでいたように、監督は映画に気持ちが向いていたのでしょうか。

実は僕自身もボクシングには興味があって、やってみたいという気持ちはあったんです。結局はやらなかったんですけど、当時の富久信介さんのように、自分の存在を証明する何かをずっと探しているという感覚は、とてもよく理解できるものです。

画像2: 遺族の記憶と監督の感性が共鳴する瞬間

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