風が吹けば別人になる――二面性を成立させた演出と覚悟
──2022年のドラマ開始時から演出を務められていますが、主演は山下智久さん、共演に福原遥さん、そして脚本は根本ノンジさんという布陣を聞いた際、どのような可能性を感じましたか。
最初に話をもらったのは、もう5年くらい前です。僕がすごくお世話になっている黒沢淳さんというプロデューサーから「『正直不動産』って漫画があるんだけれど、一回読んでみてくれ」と言われたのです。「一億円のさようなら」(2020)を一緒にやった頃でした。
読んでみたら、いや面白いんですよ。でも同時に「これは難しい題材だな」とも思いました。不動産って“千三つ”の世界で、千の話のうち本当の話は三つしかないといわれるように、「情報を隠してナンボ」みたいなところもあるので、正面からドラマにするのは相当なチャレンジなのです。でも、黒沢さんが「永瀬は山下さんでいきたい」と。
山下さんは僕がドラマデビューした「ロング・ラブレター〜漂流教室〜」(2002)にも出ていただいて、その後「ランチの女王」(2002)でもご一緒していたので、彼のことは昔から知っていました。だから、「なるほど、それは面白いな」とすぐ思いました。山下さんって、コメディもシリアスもどっちも振り切れるじゃないですか。永瀬をやるにはぴったりだなと感じたのです。20年ぶりくらいの再会でしたが、変わらないんですよ、この人。本当にすごいなと思って、うれしかったです。
ただ、問題は“風”ですよね。風が吹くと正直なことしか言えなくなる――この設定をどう表現するか。僕を含めてディレクターが3人いて、プロデューサー陣とも「これどうします?」ってずっと話していました。でも、設定自体が抜群に面白いので、やるなら思い切って振り切りたい。山下さんは身体のキレがすごいので、パントマイムで風を表現しても絶妙に面白いはず。そこを軸に「じゃあもう全力でやりましょう」と決めたあたりから、ドラマの方向性が固まっていった気がします。

──今でこそ魅力的な永瀬ですが、かつては“ライアー永瀬”と呼ばれていました。ドラマスタート時の永瀬を、監督と山下さんはどのように設定されましたか。
永瀬というキャラクターは、実は「正直不動産」の中でもっとも設定が難しい人物でした。周囲には個性豊かなキャラクターが揃っているのに、永瀬だけは“嘘をつく時の顔”と“正直になってしまう時の顔”という、まったく異なる二面性を持っている。ここをどう成立させるかが最初の大きなテーマでした。
まず、僕らが共有したのは「永瀬は根っからの悪人ではない」という点です。漫画を深く読み込むと、草刈さん演じる登坂社長との関係性もあり、永瀬の根っこには“人としての善性”がちゃんとある。ただ、彼は不動産業界でトップを取るために、“嘘をつくことが正義”だと信じ込んでしまった。つまり、悪いことをしているという自覚よりも、「勝つためにはこれしかない」という思い込みが彼を“ライアー永瀬”にしてしまったんです。
永瀬はチャラい部分もあるし、軽薄に見えるところもある。でも、そこに“悪意”はない。この「悪人ではないが、間違った方向に突っ走ってしまった男」というニュアンスを、山下さんとも丁寧に共有しました。
そして、永瀬像を決定づけるもう一つの要素が“風”です。風が吹くと正直なことしか言えなくなる――この設定をどう表現するかは、先程もお話しましたが、ディレクター陣とプロデューサー陣で何度も議論しました。山下さんには、風が吹いた時のテンション、声の出し方、身体の動きなどを何パターンも演じてもらい、リハーサルだけで1時間以上かけて方向性を探りました。
最初に決めたのは、「正直になる永瀬は、嘘をつく永瀬とはまったく別の人間に見えるくらい振り切る」ということ。“ライアー永瀬”と“正直な永瀬”のギャップが大きければ大きいほど、キャラクターとしての魅力が際立つし、作品のテーマもより伝わる。ここは山下さんも強く共感してくれて、「笑ってもらいたい」という思いも含めて、徹底的に作り込みました。
ただ、永瀬のシーンは専門用語が非常に多い。その状態でテンション高く動き回り、コメディもやり、アドリブも入れる――これは相当な負荷だったと思います。1日に“風シーン”が3つある日は「勘弁してくれ」と言われたほどです(笑)。
それでも山下さんは、現場ではほとんど台本を持たず、すべて頭に入れた状態で挑んでくれる。ダンスで鍛えられた身体のキレもあって、永瀬の“風の動き”があれほど面白く、魅力的になったのは山下さんだからこそだと感じています。
永瀬は、
「悪人ではないが、間違った価値観に染まってしまった男」
そして
「風によって本来の善性が露わになり、そこから成長していく男」
この二つの軸を持つキャラクターです。その複雑さこそが、永瀬財地という人物の面白さであり、ドラマ版「正直不動産」の核になっていると思います。

──今、「アドリブも入れる」とおっしゃいましたが、この作品はアドリブが多かったのですか。
多いですね、結構。しかも、この前のイベントでもシソンヌの長谷川さんがおっしゃってたんですけど、山下さんって“芸人さんのやり方”で、毎回変えてくるんです。普通、役者さんって一度芝居を決めたら、そう簡単には変えないんです。ネタがそんなに何本もあるわけじゃないし、芝居の軸がブレちゃうので。
でも山下さんは、どうせ使われるのはワンテイクだろうからっていうのもあって、「じゃあ次はこうしてみます」「もう少し違うパターンもやってみましょうか」と、何パターンも演じてくれるんです。さらに、予想外のところでアドリブを入れてくる。
今回の映画でいうと、クライマックスの“永瀬が会社を辞める・辞めない”のシーン。山下さんはテンションMAXで芝居しているのに、横にいるシソンヌの長谷川さんをいじってるんですよ。あれは、完全にアドリブです。
──山下さんのアドリブは段取りの時と本番では違うのですか!
変えてますね。ちょいちょい変えてくる。こっちとしては面白いんですけど、カメラマンは大変です。「おお、来たー!」みたいな感じで(笑)。でも、ただ、やたらめったらやっているわけじゃないんですよ。長谷川さんも言ってましたけど、押し引きがすごく上手で、「ここまでいったら面白いけど、これ以上やると滑る」という手前で必ず引くんです。その“引き際”が絶妙で、長谷川さんも「ここで引くんだ!」と感動してました。「じゃあ、俺もこれ以上、追っかけなくていいんだ」という阿吽の呼吸も自然にできているので、それが現場ですごくプラスに働いていました。本当にすごいなと思います。

──それはやはりキャストのみなさんのチームワークができているからですね。
そうですよね。ほんと、よくここまで、このメンツ揃ったなぁって思いますよ。
登坂不動産のオフィスとミネルヴァ不動産のオフィスを、同じフロアに並べて作ったことがあったのですが、その時にミネルヴァ不動産の花澤涼子を演じている倉科(カナ)さんが、たまたまフラッと登坂不動産チームのリハを見にいらして、「なんか、こっちは楽しそうでいいよね〜」「私も一回こっち入ってみたいわ」って(笑)。
まあ、そうですよね。登坂不動産は空気がいいというか、チームごとに“ノリ”がちゃんとあるんです。で、それが結果的に全体のチームワークにもつながってるんだろうなって思いますね。
──確かに、登坂不動産とミネルヴァ不動産は雰囲気がかなり違いますね。
ミネルヴァ不動産ではディーン・フジオカさんと高橋克典さんが向き合うと、空気がピンと張るというか、戦闘モードに入るんですよね。だから、登坂不動産とは雰囲気がまったく違う。登坂は登坂で独特のゆるさとか、チームの温度があるんですけど、ミネルヴァは常に“勝負の場”って感じなんです。
