言葉を超えて感情の点を結ぶ木戸大聖の解像度と信子の心を溶かす柔らかな存在感

──入江博基役に木戸大聖さんを起用した決め手は何だったのでしょうか。木戸さんが持つ「入江くんらしさ」について教えてください。

入江というキャラクターが持つ「柔らかさ」を、木戸くん自身も備えていると感じたのが一番の決め手でした。木戸くん自身、入江に対して「等身大の自分に近い」と感じていたようです。確かに彼らの中には共通する柔らかさがあるのですが、撮影を重ねる中で僕が確信したのは、木戸くんが「相手の沈黙や、相手が考えている時間をじっと待ってあげられる人」ということ。そして、その「待てる」という資質こそが、人に対する思いやりや、人との距離の取り方が非常に独特で、かつ誠実な入江の本質なのです。

これに気づいてからは、木戸くんとも相談して、表現を過剰に表に出しすぎないよう意識しました。「演じる」というよりも、ただそこに「存在している」というポジションでキャラクターを構築していったんです。

当初、僕が想定していた入江像と、木戸くんが実際に演じることで生まれた入江像。その良い意味での差異を現場で発見していく時間は、監督としても非常に贅沢で、面白いプロセスでした。

──木戸さんが演じることで、入江というキャラクターがさらに肉付けされていったのですね。

入江の性質や根底にあるものはサブテキストを通じて、事前に木戸くんとしっかり共有できていました。

ただ、いざ現場に立ってみると、入江という存在そのものが信子にとってどのような意味を持ち、どのような光を放つのか……。それは、頭で考えていたこと以上に、実際に二人が対峙した時の空気感や、現場での佇まいを通して初めて見えてくるものでした。事前の設計図はありつつも、最終的には「現場でしか見つけられない答え」によって、入江という人物が完成していったのだと感じています。

──基本的には信子の視点で描かれる物語なので、入江くんが信子に惹かれていく様子がセリフではなく、ふとした表情から伝わってきます。これは木戸さんが持つ繊細な表現力によるものなのですね。

入江というキャラクターを作る上で、常に表情豊かに感情を説明していくのではなく、「今、この瞬間に彼の心が動いた」「ここで心が揺れている」というポイントを、僕と木戸くんの間で「点」として集めていく作業を大切にしました。その点と点を結ぶように、一つひとつの感情を積み上げていった結果が、あの表情に繋がったのだと思っています。

言葉で多くを語らないからこそ、観客の皆さんが「今の入江くんの表情には、どんな思いが込められていたんだろう」と想像したくなるような、そんな繊細な心の揺らぎを、木戸くんは非常に高い解像度で体現してくれました。

──デートのとき、目当ての洋食屋さんが休みでしたが、その流れで偶然お祭りに遭遇します。そこで信子が「私たち、運が良かったですね」と言った時の入江くんのうれしそうな顔!入江が「準備が足りなかった」と落ち込んでいる中で、あの言葉をかけられるのが信子の真髄ですし、それを聞いた入江が信子に対する想いを強めたのを感じました。

あの入江くんの笑顔、本当に素敵ですよね。実はあのシーンの撮影は、楽器隊の皆さんにの生演奏が響く中で「長回しの一発撮りでやってみよう」と決めて臨んでいます。用意されたお芝居としてではなく、その空間に流れる空気や音、お祭りの高揚感をじかに感じながら撮影を進めました。だからこそ、予定外の出来事さえも「些細な喜び」として楽しめる信子の魅力と、そんな彼女の言葉に触れて、入江くんの心が瞬発的に動いた瞬間……その本物の輝きを捉えることができたのだと思っています。

画像: 言葉を超えて感情の点を結ぶ木戸大聖の解像度と信子の心を溶かす柔らかな存在感

──監督が具体的に演出されたわけではなく、自然に溢れ出たものだったのですね。

僕の方から「ここが(感情の)照準ですよ」というお話は事前にしていました。入江が自分の素直な気持ちに気づき、それを表に出せる瞬間をどこに設定するか。そこを明確に狙いとして定め、逆算するようにシーンを積み重ねてきたのです。

そういう意味では、お祭りのシーンに至るまでに撮影してきた「二人の時間」の積み重ねがあったからこそ、あの瞬間に狙い通りの、あるいはそれ以上に無垢な笑顔が生まれたのだと思います。このアプローチは、僕らにとって一つの大きな到達点でもありました。

──あの瞬間、入江くんの中にも信子と同じような葛藤や恋心があることが強く伝わってきて、思わず「入江くん視点の物語」も見てみたいと思ってしまいました。

実は原作がまさにそういう構造になっていて、信子のエピソードの後に、視点を入江に移した「サイドB」が描かれる面白さがあるんです。信子が勇気を出して一歩を踏み出そうとしている時、実は入江も同じように悩み、前進しようとしていた……。二人の想いが同時進行で重なっていくのが原作の大きな魅力なんですよね。

もし映画を観て、入江くんの心の動きをもっと深く知りたくなったとしたら、ぜひ原作も手に取ってみていただきたいです。「実はあの時、入江はこう思っていたんだ」という、もう一つの視点、もう一つの物語が見えてくるはずですから。映画と原作、両方の世界を行き来することで、二人の恋がより立体的に、愛おしく感じられるのではないかと思います。

──桜田さんと木戸さん、このお二人だからこそ作り上げられたと感じる象徴的なシーンは他にもありますか。

なんといっても、信子が自分自身の不甲斐なさに落ち込み、やりたいことに対しても挫折を味わっているときに、入江くんが感じている“信子の良さ”を伝える、ファミレスのシーンではないでしょうか。

通常、相手を励まそうと言葉を尽くすと、それは時に一方通行の押し付けになってしまいがちです。ですが、入江くんは信子の気持ちを勝手に決めつけたりしない。ただただ、自分がこれまで見てきた「信子という人の事実」を言葉にしていくんです。相手に圧力を与えず、あの柔らかさを持って表現できるのは、木戸くん自身の力量であり、彼の根っこにある「心配り」や優しさが成せる技だと思います。あのシーンを成り立たせたのは、間違いなく木戸くんが持っている独特の空気感でした。

──それを受け止める信子の反応も、とても印象的でした。

そうですね。自分に対して言葉を尽くしてくれた入江くんに対して、信子がそれまでの長いトンネルをくぐり抜けたような、清々しく柔らかな表情を見せるんです。お二人の優しさが空間すべてを包み込み、画面全体がポカポカと温かく映る。あの寄り添いは、やはりひよりさんと木戸くんという、この二人ならではの調和から生まれたものだと思います。

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