光と影のコントラストに託した自己受容の旅路と自分を労る全肯定の眼差し
──「優しく繊細な手触り」や「陽だまりのような温かさ」を感じる映像がある一方で、信子が落ち込んだときの映像からは心の奥の暗い澱みのようなものを感じます。光や色の使い方、特に「光と影」のコントラストについてのこだわりを教えてください。
本作の後半、信子が模擬面接に臨むシーンがあります。面接官の前で言葉を紡ごうともがく中で、彼女自身の「虚像」が浮かび上がってくるような演出を取り入れたのですが、そこでは光と影を使い、二分化された世界として描きました。
本来、自分という存在は一つのはずですよね。でも信子の中には、「こうありたい」と願う希望や兆しの象徴である「光」の自分と、「どうしてもそうなれない」という自分への厳しさや諦めが混じった「影」の自分が共存しています。そのコントラスト、あるいは心の陰りのような視点を、この物語を通して一つのパッケージとして描き切りたいという思いがありました。
──単なる美しさだけでなく、信子の心象風景が光と影に投影されているのですね。
はい。光が差し込む場所と、そこに落ちる影。その対比を物語全体のモチーフとして表現していくことは、撮影に入る前から心に決めていました。「陽だまりのような温かさ」を感じていただけたのなら、それはきっと、影を眼差したからこそ、際立った光の色なのだと思います。自分の中にある光も影も、どちらも自分自身であることを受け入れていく。そんな信子の心の旅路を、光のトーンや影の落ち方ひとつひとつに託して演出しました。
──特報で非常に印象的な「シロツメクサを避ける」シーン。あの場面を撮る際に、光の使い方や空気感でこだわったことはありますか。
基本的には、信子の視点から立ち上がってくる「陽だまりのような温かさ」をイメージして撮影しました。ただ、そこには僕なりの「肯定」のスタンスを込めています。
信子がくよくよしたり、自分の中に「陰り」を感じたりするのは、信子自身がダメだからではないんです。自分自身をまだ受け入れられていなかったり、前を向けなかったりするからこそ、世界が陰って見えてしまう。けれど、彼女の周りにいる人たちや環境は、決して信子にとって悪いものでも、苦しいものでもない……という設計にしたかったんです。
ですから、舞台となるスーパーの店内もそうですし、ロケ地である川越の街並みも、基本的には開放感があって、常に陽だまりの下にいるような「ぽかぽかとした空間」として描くことを大切にしました。世界はこんなに温かく彼女を待っているんだ、ということを映像全体で表現したかったんです。
──信子が入江を好きになったきっかけを安部ちゃんから尋ねられ「重いものを持ってくれたから」と答えます。「シロツメクサを避ける」シーンだと思っていたので、少し意外でした。
シロツメクサに自分を投影していた信子は、入江がそれをそっと守ってくれた瞬間、心が動いたはずです。ただ、あの時の彼女はアルバイト面接直前という極限の緊張感の中にいましたから、その瞬間にすぐ恋が芽生えるというよりは、一緒に働き出してからの時間の積み重ねが必要だったのです。シロツメクサのエピソードが彼女の中で反芻され、重なり合っていく中で、実感を伴う「重い荷物を運んでくれた」という体験が、恋の始まりとして確信に変わったのではないか。そうした時間軸の納得感を大切にしたくて、「重い荷物を運んでくれた」描写を「初恋の瞬間」に据えました。
しかも入江は、信子の気持ちが「よくわかる」人なんです。「重い荷物を二人で持つ」という行為は、単なる力仕事の肩代わりではありません。信子がこれまで一人で背負ってきた「自分への厳しさ」や「モブとしての重圧」を、この人となら分かち合えるのかもしれない……と、広くは物語全体を通したふたりなりの寄り添いと重なり、振り返ることのできる瞬間にしたいとも思っていました。そして彼女の恋愛のきっかけとして「らしさ」があると思ったんです。一人で抱え込まなくていいんだと思わせてくれた彼の優しさが、彼女の心を動かす決定打になったのだと思います。

──監督ご自身は、学生時代やキャリアの初期に「自分はモブ(脇役)だ」と感じた瞬間はありますか。**
そうですね……。原作を読んで、信子が他人に対して抱く葛藤にこれほど共感できたということは、僕自身の本質も彼女に非常に近いところにあるのではないか、と強く感じています。
だからこそ、映画制作を通して信子の姿を見つめ、彼女が勇気を出して「自己受容」できた世界を、皆さんから肯定していただけるようなコメントをいただくと、不思議と僕自身の背中も押されているような感覚になるんです。自分自身もどこか救われたような……。そんな風に受け取っている自分がいるということは、つまり僕も「モブ」の一人だということなのかもしれませんね。
──日々「自分は誰かの引き立て役(モブ)だ」と感じている人たちに、本作を通して、どのようなメッセージを届けたいですか。
本作のチラシの裏面にも書かれているのですが―宣伝スタッフの方々が素敵な言葉を添えてくれたんです--この作品は「自分を好きになるための物語」なんです。
日々、誰もが何かしら懸命に頑張っていますよね。でも、そんな自分の頑張りや、積み重ねてきた努力を、自分自身で認めてあげたり「よしよし」と労ってあげたりすることは、意外と難しい。自分に対してどこか厳しくなってしまい、常に緊張の糸が張っているような……そんな方の方が多いのではないかと思うんです。
この映画が、そうした自分への厳しさや緊張を、少しでもほぐしてあげられるような、そして「今の自分も悪くない」と肯定してあげられるような作品になっていればうれしいです。自分のことをどうしても認められないという人にこそ、ぜひ映画館でこの温かな時間を分かち合ってほしいなと思っています。
<PROFILE>
監督:風間太樹
1991年生まれ、山形県出身。『チア男子!!』(19)で長編映画デビューを果たす。22年放送のドラマ「silent」は社会現象と呼ばれるほど話題になり、見逃し配信の累計再生数は7300万回を超えた。主な監督作に、『チェリまほ THE MOVIE ~30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい~』(22)、映画『バジーノイズ』(24)、ドラマ「海のはじまり」(24)など。Netflix映画『余命一年、男をかう』の配信を年内に控えている。

『モブ子の恋』6月5日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国公開
『モブ子の恋』本予告60秒 6月5日(金)より公開
www.youtube.com<STORY>
モブ(mob)とは、群衆、脇役、背景と同化しているキャラクターのことである。
田中信子(桜田ひより)は、その定義に自分を重ね合わせ、常に誰か別の主人公たちが輝く世界を遠くから眺めて生きてきた。そんな彼女の視線の先に、スーパーで働く入江博基(木戸大聖)が現れる。誰も気づかぬ足元の小さな花を、力いっぱいカートを操って避ける入江の姿。その自然なやさしさに触れた信子は、次第に入江に惹かれはじめる。その出会いをきっかけに、「人とちゃんと関わりたい」――自らを縛っていた殻を破ろうともがき始めた信子。
しかし、現実は甘くない。就職活動の面接では「あなたのことを話して」という問いに言葉が詰まり、厳しい現実を突きつけられる。そんな彼女の背中を静かに押してくれるのは、お節介なほど明るい後輩の安部ちゃんや、厳しくも温かい先輩の篠崎さんといった仲間たち。
一方の入江もまた、彼女が隅っこで魅せる静かなやさしさに気づき、その存在をまっすぐに見つめていた。お祭りの灯りや、二人で運ぶ荷物の重みといったささやかな日常の積み重ねが、やがて二人に前を向く強さを与えはじめる。誰かに見つけてもらうのを待つだけではない、新しい人生のあり方を見つけた二人に待つものとは…?
<STAFF&CAST>
監督:風間太樹
脚本:倉光泰子
音楽:坂本秀一
主題歌:にしな「クローバー」(ワーナーミュージック・ジャパン)
原作:田村茜『モブ子の恋』(ゼノンコミックス/コアミックス)
出演:桜田ひより 木戸大聖 早瀬 憩 唐田えりか 草川拓弥 荒木飛羽 蒼戸虹子 占部房子 吉田ウーロン太 TheWorthless 中村優子 古舘寛治
配給:イオンエンターテイメント、東京テアトル
©映画「モブ子の恋」製作委員会
公式サイト:https://mobukoi-movie.jp/

