徹底した不条理スリラーへの追求とアナログ手法が宿すリアリティ
──本作は非常に現実離れした題材ですが、それを「映画としてのリアリティ」に落とし込むために、監督が特に苦労されたことはありますか。
実を言うと、そこまで現実に近づけようとは考えていませんでした。この物語はある種の寓話であり、SFとも少し違う、一種の「おとぎ話」として捉えていいと思っていたからです。
本作のメインは、やはりスラッシャー映画としての面白さという娯楽性にあると考えています。ただ、そこで一つ葛藤が生じるんです。「現実でも起こり得る商店街での無差別殺人という悲劇を、果たして娯楽として面白がっていいのか」という後ろめたさですね。
あまりに現実的な質感にしすぎてしまうと、その罪悪感が勝ってしまいます。観客が、凄惨な事件をエンターテインメントとして消費することへの後ろめたさを感じながらも目を離せない……。そこには、映画という表現そのものが抱えている「原罪」のようなものが潜んでいるのではないか。そんなことを考えながら、あえて寓話的な距離感を保ちつつ、生々しい暴力を描くというバランスを模索していました。

──物語の幕開けとなる、ファミリーレストランでの惨劇。山田太郎の狂気と絶望が凝縮された象徴的なシーンですが、撮影にあたってこだわった点を教えてください。
何よりも「暴力の生々しさ」と、それによって命を落としていく人たちの「理不尽さ」にこだわりました。山田太郎が一切の容赦なく、ただただ残虐に振る舞う姿を際立たせたかったんです。
このシーンは、映画の入り口として「こいつにはダークヒーロー的な情状酌量の余地すらない」ということを示す、極めて重要な場面です。今後、物語が進むにつれて山田の背景が明かされていったとしても、観客には「でも、こいつは紛れもない殺人鬼なんだ」という事実を最初に強く印象づけておきたかった。その徹底した残虐性が、後の展開にさらなる緊張感をもたらすと考えています。

──本作は「目に見えない凶器」を視覚や聴覚で感じさせる表現が鍵となります。実際には右手に何も持たない状態での撮影となりますが、撮影の渡邊雅紀さんとどのような計算を立て、どのようにリアリティを追求されたのでしょうか。
苦労というよりは、スタッフ全員で知恵を出し合って「どう撮れば凶器が存在しているように見えるか」を突き詰めていく過程が非常に面白かったですね。撮影の渡邊くんはまだ30代前半と若いのですが、今回は彼の瑞々しい感覚も積極的に取り入れたいと考え、現場でアイデアを持ち寄りながら進めました。
演出面では、まず「右手の三原則」などのルールを明確に定め、その枠組みの中で工夫を凝らしました。例えば当初の脚本には、バットが時々チラチラ見えるという案もありましたが、作り手の都合で見せている印象を避けるため、「虚像(反射したもの)なら見える」という強固なルールを定めたのです。これによって、鏡や水面に映る時だけ実体が見えるという視覚的な一貫性が生まれました。
映像表現としては、安易にCGに頼らずアナログな手法にこだわっています。オープニングのファミリーレストランでの惨劇ではホラー映画のような不穏な空気感をベースにしつつ、たとえばタイトルの前に血だまりの中にだけ凶器(狂気)が映り込むカットは、カメラが人物の背後を回る一瞬の隙にスタッフが包丁を手渡し、そのままワンカットで繋げたりといった「仕掛け」を渡邊くんと相談しながら楽しんで撮っていきました。こうしたルールが決まるたびに、撮影手法や脚本を細かく修正し、この独特な映像世界を構築していったという感じですね。

──本作は恐怖が前面に出た作品だと思って観ていたのですが、鑑賞後は殺人鬼の怖さよりも、ある種の「悲しさ」が強く残りました。
山田太郎の悲しさが心に残る方もいるでしょうし、それはそれで一つの受け取り方だと思います。ただ、僕個人の視点としては、最初に殺されてしまったファミレスのお客さんたちの方がよっぽど悲しいし、報われないと感じています。僕は彼を「ただの八つ当たり殺人鬼」として描こうという意識でいましたから。
実はこの作品のバランスは、そこが一番のポイントなんです。元の脚本はもっと山田に同情的で、空を見上げるような叙情的な描写が非常に多い、感動に寄った物語でした。しかし、僕はそこをあえて否定するところからスタートしたんです。
あまりに犯人に寄り添いすぎると、商店街やファミレスで理不尽に殺された被害者たちが報われないのではないか。そうした思いから、徹底して不条理なスリラーに振り切ろうと考えました。
一方で、完全に感情を排除するとドラマとして成立しなくなる。そこで、山田の「かわいそうな過去」を見せた直後に、彼が容赦なく女性を殺害するシーンを繋げるなど、観客の感情を揺さぶる構成にしました。一瞬同情しかけた観客が「えっ……」と突き放される。その揺さぶりこそが、今までにない感覚を生むのだと思います。
僕は一貫して、彼を「かわいそうだね」という温かい視点で撮るのではなく、あくまで「こいつの過去はこうだった」という事実を、事象として冷静に突き放して描くように努めました。

──鑑賞後、自分の倫理観が試されているような感覚に陥りました。観客に対して、あえて道徳的な問いかけをしようという意図はあったのでしょうか。
正直なところ、そこまで真面目なことは考えていないんです(笑)。ただ、観終わった後に「これ、どう捉えるのが正解なんだろう?」と戸惑うだろうな、という予感はありました。
山田太郎を悲しい存在だと感じる人もいれば、一方で「こんな酷い映画があっていいのか」と憤る人もいるはずです。僕はむしろ、後者の「こんなのあっちゃいかん」という感覚の方が、人間として正しい反応かもしれないと思っています。
映画というものは興行である以上「面白い」という大衆的な分かりやすさに寄せていく傾向があり、こうした異質な作品は淘汰されがちです。ですが、一切いい話でもなければ、ダークヒーローものでもなく、かといって純粋なホラーやスラッシャーでもない。そんな、どのジャンルにも属さない「変な映画」をやる機会は滅多にありません。
こうした挑戦は、いわゆる「アート映画」の文脈では存在しますが、あえてそれを「娯楽」という枠組みの中でやることにこそ面白さがあると考えています。観客に「どう思えばいいのか」という混乱も含めて楽しんでもらえたら、それは監督冥利に尽きますね。

──最後に、これから本作を観る方々へ向けて、見どころやメッセージをお願いします。
これまでの映画鑑賞の感覚で観ると、非常に「変な気持ち」になる作品だと思います。まずはその違和感や戸惑いも含めて、まるごと楽しんでいただきたいですね。「こんな酷い話があっていいのか」と頭ごなしに否定するのではなく、「こういう映画があってもいいんじゃないか」という広い心で受け止めてもらえたらうれしいです。
同時に、僕自身はこれをあくまで「娯楽映画」として撮っています。理屈抜きに怖いシーンや、息を呑むような迫力のあるシーンなど、映画ならではの刺激を素直に楽しんでいただければと思います。今までにない、新しい映画体験になるはずです。

<PROFILE>
城定秀夫
1975年、東京都出身。武蔵野美術大学在学中から8mm映画を制作。2003年に映画『味見したい人妻たち(押入れ)』で監督デビュー後、Vシネマ、ピンク映画、劇場用映画など100タイトル以上を手がける。2020年に『アルプススタンドのはしの方』で第12回TAMA映画賞特別賞、第42回ヨコハマ映画祭、第30日本映画プロフェッショナル大賞の監督賞を受賞。その他の主な監督作品に『愛なのに』『女子高生に殺されたい』『ビリーバーズ』『夜、鳥たちが啼く』(22)『恋のいばら』(23)『放課後アングラーライフ』『セフレの品格(プライド)』シリーズ『嗤う蟲』『悪い夏』(25)がある。

『名無し』5月22日(金)全国ロードショー
映画『名無し』本予告|5.22(金)全国公開
www.youtube.com<STORY>
白昼のファミレスを襲った無差別大量殺人事件。防犯カメラに残された容疑者の中年男。被害者は誰もが鋭利な刃物のようなモノで切りつけられていたが、映っているはずの凶器の姿だけが目視できない。鍵を握るのは男の右手。その手が向かう先には必ず何かが起こる。目に見えない力の秘密に隠された、恐るべき真実から逃がれることはできるのか?
<STAFF&CAST>
原作・脚本:佐藤二朗
出演:佐藤二朗 /丸山隆平 MEGUMI / 佐々木蔵之介
監督・共同脚本:城定秀夫
2026年|日本|カラー|原作:佐藤二朗「名無し」(HERO’S Web)|PG12
配給:キノフィルムズ
©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会
公式HP:https://774movie.jp
公式X(@774_movie):https://x.com/774movie
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@774movie

