実在する3人の“本物”をミックスして作り上げた怪物・海斗の底知れないリアリティ
──海斗というキャラクターは、これまでの監督作品の登場人物の中でも群を抜いて「理解不能な怖さ」を感じます。制作にあたって、どの程度リアルを反映させているのでしょうか。
実はかなりリアルに描いています。ただ、特定の誰かというわけではなく、何人かの集合体ですね。僕の周りにも、いまだに「普通じゃない」まま大人になった人がいます。結婚して子供がいたりもするんですが、それでもやっぱり怖いんですよ。海斗のように、見た目は不良っぽくなくて、むしろ「雑魚キャラ」に見えるんです。一見コバンザメのように誰かに付いているタイプなんだけど、実際には平気で怖ろしいことができる。そんな人物が3人くらい身近にいて、彼ら同じ種族の3人をミックスして作ったのが海斗というキャラクターなんです。だから、一人一人の要素を抽出していくと、現実にああいう「海斗」は3人くらい存在していました。彼らの噂は今もちょこちょこ耳にしますし、そういう逃れられないリアルを詰め込んでいます。
──海斗が「人が痛くても、俺はちっとも痛くないんだけれど」というセリフを言っていましたが、これは実際に誰かから聞いた言葉なのでしょうか。
いえ、それを直接口にする人はまずいないですね。
実際にああいうタイプの人たちは、そもそも「他人の痛みがわからない」ということ自体を自覚していないと思います。だから、あのセリフを吐ける海斗は、ある意味でメタ認知ができているというか、現実のモデルたちよりもずっと頭が良いんです。
自分の異常性を自覚した上で、あんなふうに淡々と言葉にできてしまう。そう考えると、海斗は現実の「ヤバい奴ら」よりも、さらに一段上の、もっと底知れない怖さを持った存在だと言えますね。

──劇中で海斗の母親が「変われない海斗が怖い」と吐露するシーン、彼女の恐怖と不安に強く共感しました。この母親に対して、映画としてどのような答えを提示できると考えられましたか。
僕も母親を亡くしていますが、自分があまりに心配をかけすぎて、親の寿命を縮めてしまったんじゃないかと思うところがあるんです。そうした自分自身の反省や後悔を、海斗の母親のキャラクターに詰め込んだつもりです。
ただ、親ができることには限界がありますよね。人は環境によって変わるものなので、海斗がこれから身を置く環境次第では、少しは柔らかくなったり、親への思いに気づく瞬間が生まれたりするのかもしれません。
でも、それを親子二人の関係だけで解決するのは非常に難しい。海斗は大人に対して壁を持っている子ですから。むしろ、自分に近い存在……例えば悪い先輩であっても、その先輩が実は母親を大事にしている姿を見たりすれば、「そういうものなのかな」とバカだから素直に感化されるかもしれない。いい方向のきっかけが、意外なところから降ってくればいいなとは思います。
お母さんからすれば、どれだけ頑張っても変えられない、方法が見つからないという苦しみは相当なものでしょう。そういう人は世の中にたくさんいるはずです。「わからない」と逃げたくても、周りから「逃げちゃいけない」と監視される目が一番辛い。怖いけれど、我が子だから愛おしいという思いもあり、葛藤しますよね。
長い目で見れば、高校に入ったり就職したりして数年経てば人は変わります。けれど、渦中にいるその一年間は地獄のように長く感じるはずです。「親の影響なんて受けないよ」と突っぱねていても、結局はその呪縛をずっと引きずっていくことになるんだろうな、という気がしています。
──「寮長はやられる側には寄り添えない」という寮生の詩のセリフは非常に強烈でした。この言葉にはどのような思いが込められているのでしょうか。
この映画は、人の痛みがわからない海斗と、過去の自分を反省したと思い込んでいる西とのやり取りを描いています。ただ、そもそも「人の痛みがわかる」ってどういうことなんだろう? という問いが僕の中にあるんです。
よく「自分がやられたら辛いでしょ」と言われますが、結局は想像するしかない。共感性というのは非常に難しくて、例えば友達が失恋して、目の前で泣いていたら、その横でテレビから凄惨な戦争のニュースが流れていても、友達の失恋の痛みが勝ってしまうことがある。それが人間の想像力の限界だと思うんです。
もし人の痛みが分かりすぎてしまったら、今度は自分が壊れてしまうでしょうしね。「あの人は人の痛みがわからないヤバい奴だ」とみんな簡単に言いますが、じゃあ「あなたは人の痛みを説明できるの?」「あなたの『わかるランキング』はクラスで何番目なの?」と聞きたくなる(笑)。みんな「自分はわかっている」と思い込んでいるだけなんじゃないかと。
僕自身、そういう痛みや悲しみに対して、実は人より疎いのかもしれないと感じる瞬間が多々あります。昔、女の子と映画を観に行ったら、ベタな作りの予告編を観ただけで彼女が号泣していて。「えっ、この1分半で泣けるの!?」って驚いたことがあって(笑)。そういう違いを突き詰めていくと、「わかっている」と言い切ることの危うさを感じますね。

──本作の根幹にある「人は変われるのか」という問いに対する思いは、本作の撮影を通じて、監督の中で変化はありましたか。
どうでしょうね……正直、わからないですね。変われるのか、変われないのか、僕自身にも答えは出ていません。それは本当に人それぞれだと思うので。
ただ、「変われる」と言い切るのではなく、もし変われるとしたらそこに何が必要なのかを考え続けること。あるいは、そもそも「変わる」とはどういうことなのか、といった問いから目を逸らさずにいたいと思っています。
「人は変われるはずだ」とか「やっぱり変われないんだ」と決めつけてぼんやりさせるのではなく、自分の中で一度立ち止まって、「何をもって『変わった』と言えるのか」を整理する。この映画を観ることで、そんなふうに自分自身と向き合える時間が生まれればいいな、と思っています。
