安田章大とのんがW主演を務める『平行と垂直』は自閉スペクトラム症(ASD)の特性を持つ兄・大貴と、幼い頃から兄を支えながらも葛藤を抱えてきた妹・希の姿を通して、「ただそこに存在していることの尊さ」を優しく、そして力強く問いかける。誰もが生きづらさを抱える現代社会において、この繊細な物語はいかにして紡がれたのか。監督を務めた小林聖太郎氏にインタビューを敢行。専門家や当事者への緻密な取材から見えてきたリアルな空気感、安田がスターとしてのオーラを消し去って難役に挑んだ舞台裏、そして物語の「本当の主人公」として希を描いた演出の意図まで、作品の根底に流れる真摯な眼差しに迫った。(取材・文/ほりきみき)

「安田章大が演じている」に見せないための挑戦と覚悟

──安田さんは専門家のレクチャーや教育機関での交流を経て役作りに臨まれたそうですが、大貴という難役に真摯に向き合う安田さんと、どのようなディスカッションを交わされましたか。

安田くんが毎回毎回すべての脚本打ち合わせにいたわけではないですが、必ず稿を改定した段階で何かしらの意見はもらっていました。基本的にはプロデューサーの佐藤さん、脚本の山野さん、僕、もう一人のプロデューサーの樫﨑(秀明)さんの4人で本を作っていって、来られる時は安田さんも来たり、オンラインで打ち合わせをしたり、あるいは脚本を読んだ感想をもらったり、という感じでしたね。

ホン作りのために監修の方に入っていただいてからは、脚本のためのリサーチでもあり、役作りのためのリサーチでもあるという形で、ASD監修の要になってくださった伊庭葉子先生が代表を務める「さくらんぼ教室」や、障がいのある方々が創作活動を通じて社会と接点を持ち、仕事につなげていくサポートを行っている、平塚市の福祉施設「スタジオクーカ」へ一緒に行き、いろいろな話を聞いたりしました。そういうことを同時並行でやっていたので、「本ができたから、じゃあここから役作りについて1対1で話しましょう」という進め方ではなくて、みんなで一緒に同じ地平で大貴に対する理解を深めていった、という感覚ですね。

──大貴を演じるにあたって、「こんなふうにやってみたい」といった具体的な提案は安田さんの方からありましたか。

彼から「こうしたい」と言葉で明確な提案があったわけではないんです。ただ、一緒にいろいろな場所へ行って話す中で、どう演じるかというよりは、どうやって大貴という人物を作っていくかという準備の話をずっとしていました。これは本作りや設定の話にも関わってくることなんですけどね。

よく映画やドラマでASDの当事者を描く際、「コミュニケーションは苦手だけれど、数字をものすごく記憶できる」といった特殊な能力を持つキャラクターとして描かれることが、特に過去の作品に遡るほど多い気がして、それは「嫌だよね」ということは彼と共有していました。「そこは気をつけよう」と。

あとは、彼はやはりアイドルであり、スターとして顔を知られている人ですから、どんなに頑張っても「安田くんが頑張って演じている」というふうに見えてしまう。それを乗り越えなければいけないという、ものすごく高いハードルがあるわけです。やればやるほど大変なことになるという危機感については話をしていましたし、「中途半端なことはしたくないよね」とお互いに言っていました。「やってます」という演技の意図を見せたくない、と。「こういうプランで演じました」というやり方は避けたい、もう本当にそこに大貴がいるように見せるにはどうしたらいいか、ということを考えていました。

そのためにはどういうことが考えられるかを専門家の先生方にお聞きして、目を合わせるのが苦手だとか、体が少し硬直する部分があるといった、基本的な特性のことは押さえました。その後は、彼自身がいろいろな当事者やご家族、教育関係者やグループホームの方々と話をしていく中で、途中のどこかで「もう大丈夫です」と言ったんですよ。何か掴んだものがあったんでしょうね。

逆にその言葉がちょっと心配でもあったんですけど、現場に入る少し前、実際に「直角に曲がるってどういうことか」を研究するようなことをやった時には、もう彼の中で完全に消化済みだったんです。それを見て「これなら大丈夫かもしれない」と思いました。あとはもう、彼の持つ「自身のオーラを消し、大貴として存在できる力」にかかっていましたね。

画像1: 「安田章大が演じている」に見せないための挑戦と覚悟

──直角に曲がって歩くという動作は何度も練習されたのでしょうか。

いえ、彼が自分なりに感じたことを現場でやってみて、僕の方から「いや、根本的にそうじゃないんだ」と修正するようなことはほとんどなかったですね。ただ、その動きがあまりにもやりすぎに見えないように、少し微調整したくらいでしょうか。それも修正というほどの大層なものではなかったです。

ほぼ全て、彼が一度自分の中に持ち帰って、どういうプロセスを経てきたのかは僕には分からないですけれど、しっかりと自分のものにして現場に持ってきてくれたんだと思います。具体的に「こう練習した」というエピソードが僕の手元になくて申し訳ないんですけれど。

──現場での安田さんの佇まいや大貴としての演技を見て、監督が圧倒された瞬間はありましたか。

うーん、そうですね。ちょっと言葉が難しいんですけれど、彼の芝居を見て「すごいな」と圧倒されている時点で、なんだか監督として負けているような気がするんですよね。すごい演技というよりは、もう物語の登場人物としてそこに「生きている」かどうかが重要で、僕としては「これでいい、大貴として成立している」と思えたことの連続でしたから。

ただ、河原のシーンや警察署のシーン、あるいは、雅也の両親と行ったお寿司屋さんのシーンとか、大貴という人間が、何かこう感情を揺さぶられる場面では、圧倒されたというよりは、むしろ「安心して見ていられた」という方が近いです。彼の佇まいに、逆にこちらが心を打たれたり、安心をもらったりしていましたね。

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