安田章大とのんがW主演を務める『平行と垂直』は自閉スペクトラム症(ASD)の特性を持つ兄・大貴と、幼い頃から兄を支えながらも葛藤を抱えてきた妹・希の姿を通して、「ただそこに存在していることの尊さ」を優しく、そして力強く問いかける。誰もが生きづらさを抱える現代社会において、この繊細な物語はいかにして紡がれたのか。監督を務めた小林聖太郎氏にインタビューを敢行。専門家や当事者への緻密な取材から見えてきたリアルな空気感、安田がスターとしてのオーラを消し去って難役に挑んだ舞台裏、そして物語の「本当の主人公」として希を描いた演出の意図まで、作品の根底に流れる真摯な眼差しに迫った。(取材・文/ほりきみき)

もう一人の物語の主人公・希──“変化”をどう描いたか

──大貴の妹の希は、幼い頃から兄を支えてきた存在ですが、実は心に葛藤を抱えていることも描かれています。希の描写において、監督が最も大切にされた部分はどこでしょうか。

今回、「ダブル主演」という形になっていますが、「役者としての主役が誰か」ということとは別に、「物語の主人公は誰か」という意味での主役がいると思っています。

古典的なドラマツルギーの定義で言うと、主人公とは「前半と後半で変化をする人」です。そういう意味で言うと、本作はある意味において希が主人公の話でもあるんですね。なので、その希がどこからスタートして、どこへ向かっていくのか、という変化のプロセスを脚本作りの段階から意識して作っていきました。具体的に言うと、希が「自分の内にあるネガティブな感情を、ちゃんと兄にぶつけられるようになるまでの話」だなという捉え方をして、そこへ向けて物語を整えていった感じでしょうか。

──希の「心にある思いって、口に出した瞬間から言いたかったことから遠ざかっていくことってありますよね」というセリフが心に響きました。多くの人が共感できる言葉だと思いますが、このセリフに込めた思いをお聞かせください。

言葉って、本当にそうですよね。僕たちは言葉を通じてしかコミュニケーションができないけれど、同時にそこにはどうしようもないもどかしさもある。それは本当にその通りだなと思っていました。

後から聞いた話なんですけど、脚本の山野さんと安田くんが最初に意気投合したのも、まさにそのあたりの感覚だったみたいです。このセリフには、「生きにくい世の中をどう生き抜くか」ということと、「言葉にならない思いをどう大事にするか」という2つの意味が入っている。本作における、ひとつの大きな柱だと思っています。

画像1: もう一人の物語の主人公・希──“変化”をどう描いたか

──のんさんとは、どのようにして希のキャラクターを作っていかれたのでしょうか。

まずは自閉スペクトラム症(ASD)について、そこまで詳しくはないでしょうから、「この本やネットのリンクを読んでみるといいですよ」という資料を渡したりしましたね。あとは、これまでに制作された関連する映像作品のリストを作って渡しました。のんさんもお忙しいでしょうから、どれから手をつければいいか迷わないように、「これは絶対に観ておいた方がいい」「余裕があればこれも」という風に、二重丸や丸、三角といった印をつけたリストです。

それと、希と大貴がこれまでどうやって暮らしてきたかという、劇中では直接描かれていない“裏側の歴史”を埋めるための年表も作りました。希の経済状況や大貴の経済状況が当時どうだったか、といった細かい想定の資料ですね。そうやって、まずは役を立ち上げる上で最低限把握しておくべきバックボーンを共有していきました。

その上で、実際に障がいのあるきょうだいがいて、なおかつカウンセリングの仕事をされている方を紹介していただいて、のんさんと一緒にお会いして話を聞く、質問をするという機会を設けたりして、準備を重ねていきました。そういったことを通じて、彼女の中の不安や疑問をかなり解消してくれたみたいで、現場に入ってから「ここが分からないです」と困るようなことは、ほとんどなかったですね。

画像2: もう一人の物語の主人公・希──“変化”をどう描いたか

──自分の弱さを知っている希の「強くあらねば」という意志を赤いマフラーが支えていたように感じられました。

なるほど。そう感じてもらえたのであれば、それが正解ですし、それでいいと思います。衣小合わせというのは、それぞれのキャラクターの中にリアリティと人柄が交わるポイントを見つけていく作業なんですけれど、いくつかの候補の中から自然とあのマフラーに決まっていったのは、言葉にしていなくても、今おっしゃってくださったようなニュアンスを感じながら選んでいたからだと思うんですよね。彼女の仕事や収入面、そんなに華美な服は着ていないし、フェミニンな方向にも傾いていないけれど……というバランスの中で。

──勝手な解釈を押し付けてしまって、すみません。

いえいえ、そんなことないですよ。もちろん演じる本人の好みもありますしね。ただ、キャラクターの衣装を選ぶときは、単なる役者自身の好みに偏りすぎないように気をつけながら選ぶんですけれど、あの赤はすごくしっくりきた記憶があります。

堺の風景と言葉が形づくった『平行と垂直』の世界

──大阪府堺市が今回の舞台ですが、なぜ大阪を選ばれたのでしょうか。

第2稿の段階では、漠然と「大阪・関西のどこかの街」というふうに書かれていたんです。そこから堺市に決まったのは、プロデューサーが以前に別の作品を堺で撮影したことがあって、すごく撮影がしやすかったということと、風景も良かったのでどうですかと提案されたのがきっかけでした。僕も大阪出身なので堺のことはなんとなく知っていましたけど、「じゃあ実際に何ができるか、みんなで見に行きましょう」ということになって、プロデューサー2人と山野さんと僕の4人で、自転車でぐるぐる回ってロケハンをしました。いろいろな場所を見て回りましたね。

──もし、東京が舞台だったら、また違う展開の話になったんじゃないかという気がします。

それは言葉の問題が結構大きい気がします。言葉を含めた文化と言いますか、良くも悪くも人との距離感が近いんですよね、関西は。それは物語に影響していると思います。あとは、しんどいことを話していても、なんとなく言葉が柔らかく聞こえる、といった効果はあると思いますね。

──では、最後にこれから映画をご覧になる方に向けて一言メッセージをお願いします。

今の世の中、経済性というか、「食べていくにはお金が必要」と考えるのは当たり前なんですけど、「社会において役に立つ、儲かる」ということにしか価値がないように考えるのは違う気がするんです。「こういうふうに観てください」という決めつけはあまりしたくないんですけれど、この映画が「ただそこに存在していること自体に価値があるんだ」ということについて、少しでも話すきっかけになればいいな、と思っています。

画像: 堺の風景と言葉が形づくった『平行と垂直』の世界

<PROFILE> 
監督:小林聖太郎 
1971年3月3日生まれ、大阪府出身。 
95年から原一男、中江裕司、行定勲、井筒和幸、森﨑東、根岸吉太郎など、多くの監督のもとで助監督として渡世。06年、『かぞくのひけつ』で監督デビューを果たし、第47回日本映画監督協会新人賞、新藤兼人賞を受賞。『毎日かあさん』(11)では第14回上海国際映画祭アジア新人賞部門で作品賞受賞。その他の主な監督作品に『マエストロ!』(15)、『破門 ふたりのヤクビョーガミ』(17)、『初恋 ~お父さん、チビがいなくなりました』(19)などがある。

画像: 【インタビュー】安田章大が放つ“演技の意図”を消した存在感『平行と垂直』小林聖太郎監督

『平行と垂直』8月28日(金)全国公開

画像: 『平行と垂直』予告篇60秒(2026年8月28日公開) www.youtube.com

『平行と垂直』予告篇60秒(2026年8月28日公開)

www.youtube.com

<STORY> 
清掃の仕事に就き、周囲のサポートを受けながら自立した生活を送る大貴(安田章大)。カウンセラーとして働きつつ、兄を支えることを当たり前としてきた希(のん)。変わらないと思っていた日常は、希の結婚話をきっかけに静かに揺れ始める。支えてきたつもりの妹、支えられていると思っていた兄。ふたりは初めて、お互いの存在がどれほど自分を形づくってきたのかに気づいていく。人生の転機は、過去と未来の両方を照らし出す。そこに浮かび上がるのは、言葉にしなくても確かに続いてきた“きょうだい”の絆だ。

<STAFF&CAST> 
監督:小林聖太郎  
原案・脚本:山野海  
音楽:富貴晴美 
企画:安田章大 
企画プロデュース:佐藤現  
出演:安田章大 のん 伊島空 高山トモヒロ 谷村美月 福田転球 芦川誠 早織 久保田磨希 河野咲良 髙田幸季 武藤凪 林英世/神野三鈴 菅原大吉 
配給:東映ビデオ 
© 2026「平行と垂直」製作委員会
公式サイト:https://www.toei-video.co.jp/heikoutosuichoku/

This article is a sponsored article by
''.