ユラの孤独、理恩の息遣い、かおるの眼差し──山元環監督が語るキャラクターの立ち上げ方
──『この夏の星を見る』に続いて、早瀬憩さんが出演されています。前作を知っているからこそ、今回の早瀬さんにはどんなことを期待されましたか。
『この夏の星を見る』を通じて、彼女が非常に感度の高い、温かみのある演技をする人だということは重々分かっていました。
だからこそ今作では、その本来の温かさに「恐怖描写」が加わり、窮地に追い込まれた時に彼女がどんな顔を見せるのか、役者としての新たな引き出しを非常に楽しみにしていました。
主人公のユラを徐々に孤立させていく展開の中で、一人きりになった彼女が見せる「表情のバリエーションや演技の質感」。前作からの信頼関係があったからこそ、ホラーという極限の状況下で彼女の演技の可能性をどこまで引き出せるか、大きな期待を寄せて撮影に挑みました。
──シーンごとに異なる早瀬さんの恐怖の表情から、普通の高校生が極限状態に追い込まれていくリアルさがひしひしと伝わってきました。
まさにそこが、彼女にユラを演じてもらった一番の価値だと感じています。彼女は元来素晴らしい芝居のクオリティを持つ女優ですが、19歳という「今しか撮れない等身大の早瀬憩」をフィルムに刻みたかったんです。
前作からの信頼関係があるからこそ、変に肩肘を張らせず、カメラの前でリラックスして引き出せる表情を一番大切にしました。
「このシーンではどんな恐怖が生まれるか」を現場で徹底的にディスカッションしながら撮り進めたことで、一歩間違えれば単調になりがちな恐怖のリアクションに、非常に多面的な深みとバラエティを持たせることができたと思います。

──窪塚愛流さん演じる日下部理恩は「崩壊していく平穏の中で正義感を捨てずに立ち向かうリーダー」ですが、彼に期待した役割と実際の演技の印象を教えてください。
理恩は周囲と安易に群れず、自分の世界観をしっかり持っているクールなキャラクターです。愛流くん自身も独特な雰囲気を纏っている感じがするので、その雰囲気がそのまま役柄の魅力を引き立ててくれるだろうと期待していました。
ですが、撮影現場での実際の彼は、カメラが回っていないところでは常に周囲を笑顔にする、驚くほど人懐っこい好青年でした。
クールな佇まいという事前のイメージを良い意味で裏切られ、積極的に現場を引っ張るムードメーカーとして活躍してくれました。彼の持つ少年のような無邪気さと親しみやすさが、緊迫した撮影現場をいつも和ませてくれましたね。
──窪塚さんは監督がイメージしていた人物像とはちょっと違っていたのですね。
そうですね。理恩のような静かでクールな人物像を想像していたので、良い意味でギャップがありました。
作中では終始クールで頼もしいキャラクターを完璧に演じ切ってくれましたが、カメラが回っていないところで彼の新たな一面を知っていくのは、監督としてもすごく楽しい時間でした。そうした人間味の魅力も含めて、現場で出会えて良かったなと感じています。
──窪塚さんが「立ち向かうときの息遣いや目線、歩み寄り方など、セリフ以外の表現を監督から教えていただいた」とおっしゃっていました。具体的にどんな演出指導をされたのでしょうか。
やっぱりホラー映画って、セリフがすべてではないんです。若手の俳優さんはどうしてもセリフを一番重要視しがちな印象があるのですが、ホラーにおいて本当に重要なのは「言葉を喋っていない瞬間のリアクション」なんです。言葉はあくまで情報に過ぎません。
観客が映画の登場人物と同じ感覚になるためには、息遣い、目線、そして暗闇へ進んでいく歩き方といった身体的な表現が不可欠です。恐怖と戦いながらキャラクターが一歩を踏み出すからこそ、観客も同じ恐怖を追体験できる。だからこそ「愛流くん自身が現場でその温度感を体に宿していなければ、画面越しに観客へ伝わらないよ」という話は、ディスカッションを重ねながら徹底して演出しました。
愛流くん自身も、セリフだけに頼らないお芝居を楽しんでくれていましたね。もともと今作の脚本はト書きが多くて、彼も読み始めた段階で「セリフが少ない脚本だ」と感じていたようです。脚本を読んだ時のイメージと、現場で実際に体を動かした時の実感が一つずつ重なり合っていく感覚を楽しんで演じてくれたんじゃないかなと思います。

──篠宮かおるを演じた井手上漠さんはオーディションで選ばれたとのことですが、決め手やオーディション時のエピソードを教えてください。
オーディションの際、参加者の方々に「SNSの使い方」や「いつから使い始めたか」「今のスマホ社会をどう感じているか」を色々とヒアリングしていたんです。
その中で漠さんは、SNSに対して「距離を取りたくなる若者の心理」をちゃんと言葉にして伝えてくれました。「繋がり続ける世界が心に負荷を与えて、しんどくなる瞬間もある。SNSを使い続ける自分と、SNSと一定の距離を保ちたい想いの矛盾がある」と。その言葉の節々から、彼女自身がSNS社会について真剣に思考を深めてきたことがひしひしと伝わってきたんです。
当時は僕自身も脚本作りで悩んでいた部分があったので、その実体験に基づく言葉が大きなヒントになりました。独自の生き方や考え方を持つ篠宮かおるという役に、漠さんの持つ空気感がぴったりハマると確信しましたね。
さらに演技面でも、かおると理恩が終盤でスマホの恐怖に追い詰められ続ける長尺のシーンがあり、極限状態での「演技の耐久度」も見ていたのですが、漠さんは非常にパワフルで素晴らしいお芝居を見せてくれました。感性面でも演技の質感でも文句なしで、出演をお願いすることになりました。
──井手上さんに演じてもらうことで、かおるというキャラクターにどんな色が加わったと感じていますか。
一番は“眼差し”の柔らかさですね。脚本では周囲を突き放すような、はっきりとした拒絶を持つ人物として描いていました。
しかし漠さんが演じたことで、誰かがSOSを出せばすぐに手を差し伸べる「来る者を拒まない包容力」がかおるに宿ったのです。
漠さん自身が相手の価値観を決めつけず、柔軟に受け入れるフラットな視点を持っている人だからこそ、その優しく深い眼差しがお芝居を通してキャラクターに見事な立体感を与えてくれたと感じています。
──井手上さんから「監督は役者一人ひとりに寄り添った演出をしてくれる」という声がありましたが、ご自身ではどう捉えていますか。
そう評価してもらえるのは非常に光栄ですね。人間関係と同じで、相手によって掛ける言葉やアプローチを変えるのは僕の中で自然なプロセスでした。
例えば憩さんは、感情や思考を自分の中で一度噛み砕き、納得してから演じる「ロジカル派」です。そのため、対話を重ねて論理的に役を紐解く言葉掛けを意識しました。
一方で漠さんは、状況の説明をサッと理解し、「OK、じゃあ一回やってみるね!」という直感と強さを持つ「実践・感覚派」です。そのため、長々と演技論を語るよりもポイントを絞ってダイレクトに伝えるコミュニケーションを意識しました。
役者自身のタイプや思考回路に合わせた言葉を選択してきたからこそ、それぞれにとって心地よいコミュニケーションが生まれたのだと感じています。

