すでに公開された秀作、近日公開作、日本公開未定のもの……今回のアカデミー賞で作品賞候補に挙がった8つの注目作について、概要を覚えるためのオスカー本番前必読レビューをお届けしましょう。

ノンフィクションドラマ、ポリティカルドラマとしての面白さが凝縮された作品

『シカゴ7裁判』(Netflix 映画『シカゴ7裁判』独占配信中)

画像: 『シカゴ7裁判』(Netflix 映画『シカゴ7裁判』独占配信中)

監督:アーロン・ソーキン
出演:エディ・レッドメイン、サシャ・バロン・コーエン

ノミネート:作品賞、助演男優賞、脚本賞、編集賞、撮影賞、歌曲賞

現在ハリウッドの最高のシナリオライターと言えばアーロン・ソーキンだろう。『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー脚色賞を獲得し、『モリーズ・ゲーム』ではついに監督デビューを果たし、本作がその2作目になる。

今回、彼が選んだテーマは実話。1968年のシカゴ民主党大会で起きた暴動を扇動したとして起訴された7人、通称〝シカゴ・セブン〞と呼ばれた男たちとその周辺を描くものだ。

公開された2020年はトランプVSバイデンという世界中が大注目していたアメリカ大統領選だったこともあり、まさにタイムリーな題材であり、ソーキン自身が担当した脚本には、現在の状況に合わせてアップデートしているとしか思えないようなシンクロニシティがある。ここが本作の魅力のひとつ。ノンフィクションドラマとして、ポリティカルドラマとしての面白さが凝縮されているのだ。

もうひとつは、その手際のよさ。メインのキャラクターだけで7人いて、それぞれが大会のときと裁判のとき、ふたつのシチュエーションでドラマを抱えているわけだが、それを絶妙な匙加減で見せることに成功している。

つまり、メインのキャラクターにはそれぞれちゃんと見せ場が用意されているということだ。そのひとりであるサシャ・バロン・コーエンが助演男優賞にノミネートされていることからも、それは分かるだろう。

ソーキンはエミー賞を何度も受賞したポリティカルな伝説的TVシリーズ『ザ・ホワイトハウス』の脚本で知られ、その手際のよさはこのときから彼の得意技のひとつだった。ということは、本作はまさに本領発揮のプロジェクト。彼がそんな〝らしさ〞を発揮し、見事に作品賞と脚本賞にノミネートされたのは素晴らしいと思う。(文・渡辺麻紀)

突然聴力を失ったドラマーが音のない世界にどう対峙するかをリアルに表現する

『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』(Amazon Prime Video で独占配信中)

画像: 『サウンド・オブ・メタル~聞こえるということ~』(Amazon Prime Video で独占配信中)

監督:ダリウス・マーダー
出演:リズ・アーメッド、ポール・レイシ

ノミネート:作品賞、主演男優賞、助演男優賞、脚本賞、編集賞、音響賞

鼓膜をつんざくような激しい音楽とともに生きるヘビーメタル系のドラマー。そんな彼がある日、突然、聴覚を失ってしまう──。

ミュージシャンと聴覚という組み合わせなら普通、新しい音楽の発見やハンディキャップとの向き合い方をドラマチックに描きそうだが、本作にはその「ドラマチック」さがほとんど感じられない。

というのも、音楽を失うという焦りや失望、それでも音楽を渇望してしまう辛さは思いのほか少なく、これまでとはまるで違う音の消えた世界とどう対峙すればいいのかという根本的な部分がリアルに描かれているからだ。

とりわけ、主人公が身を寄せる難聴者たちの特殊なコミューンの描写はまるでドキュメンタリーのよう。音とも世間の常識とも隔絶された世界での生活のみならず、彼らの人生哲学も顔を出す。そのスペシャルな哲学を体現する教祖的存在を演じたポール・レイシーは助演男優賞にノミネートされた。

映画の構成も音にこだわったスタイルで、音を失うまでの主人公のパワフルな音楽はもちろん、レコードに針を落とす音やコーヒーをドリップする生活の音、鳥のさえずりや風のささやき等の自然の音、さらには音を失った主人公の耳に世界はどう聞こえているのか、それらの表現にも細心の注意が払われている。

そして、忘れていけないのは主人公のドラマーを演じたリズ・アーメッド。ラッパーという顔をもつ彼だからこそのキャラクターでもあり、これまで映画ファンの間では話題になっていた演技力が本作で解放されたかのよう。彼の主演男優賞の行方にも注目したい。(文・渡辺麻紀)

普段は平凡な生活を送る女性の知られざるもう一つの顔とは?

『プロミシング・ヤング・ウーマン』(今夏日本公開)

画像: © Universal Pictures
© Universal Pictures

監督:エメラルド・フェネル
出演:キャリー・マリガン、アダム・ブロディ

ノミネート:作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞

オハイオに住む30歳のキャシー(キャリー・マリガン=主演女優賞候補)は医学生のドロップアウトで現在はコーヒーショップでアルバイト中。彼女はかつて「明るい未来を嘱望された若い女性(プロミシング・ヤング・ウーマン)だった。ある事件で輝かしい前途を奪われるまでは。

誰が見ても平凡な生活を送っているように見えるキャシー(キャリー)だが、彼女は本当は猛烈に頭の切れが良い、クレバーな女性という素顔があり、みんなが知らないもう一つの顔を持っている。夜な夜な出かけていくキャシーの謎の行動にはある隠された裏の事情があったのだが……

実は学生時代にある出来事をきっかけに学業をやめた彼女は、その忌まわしい事件にいまもとらわれている。濃いメイクにセクシーなドレスを着て昼とは違った顔でバーやクラブに出かけては、へべれけに酔ったふりをしてターゲットの男たちにアプローチする彼女の謎の行為には、ある意味弱い立場の女性が男たちに対して立ち上がる真意が見えてくる。やがてスリリングで型破りな復讐劇は急転直下、思いもよらない方向に向かっていくことになる。

製作者がマーゴット・ロビー、監督はこの映画が処女長編監督作品のエメラルド・フェネル(監督賞候補。『ザ・クラウン』でカミラ妃を演じている女優でもある)、主演のキャリーは「出来れば制作のマーゴットがこの役を演じたほうが効果があったろう」という批判に「私が選んで役作りをし、ベストを尽くした仕事。雑音になど振り回されない誇りと自信を持っています」と毅然としたコメントを述べて、拍手を送られている。(文・成田陽子)

ブラック・パンサー党にFBIのスパイとして送り込まれた男が危険な任務に着任

『Judas and the Black Messiah』(日本公開未定)

画像: © 2020 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
© 2020 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.

監督:シャカ・キング
出演:ダニエル・カルーヤ、ラキース・スタンフィールド

ノミネート:作品賞、助演男優賞、脚本賞、撮影賞、歌曲賞

1960年代後半、シカゴ。フレッド・ハンプトン(ダニエル・カルーヤ=助演男優賞候補)は黒人運動家として「ブラック・パンサー」党を起ち上げようと持ち前のパワフルな弁舌で仲間を導いている。ウィリアム・オニール(ラキース・スタンフィールド=助演男優賞候補)は車を盗んで逮捕されるが、FBIエージェント(ジェシー・プレモンス)のスパイとして「ブラック・パンサー」党の内部の情報を供給する事で釈放され、軽いノリのウィリアムはフレッドに近付き、運転手兼助手のような仕事を得て、グループの中に溶け込んでいく。

フレッドは「レインボウ共同体」を企画して、黒人のみならず、他の人種をも含めての組織の巨大化を計画するが、FBIと体制側はこの動きを阻止しようと動き出す。

フレッドが一時逮捕され不在になるとウィリアムの情報から「ブラック・パンサー」党の事務所が爆破され、不安になったウィリアムはスパイ活動を辞めたいと頼むが拒否され、さらに活動を続ける。

釈放されたフレッドをFBI局長の J・エドガー・フーバーは危険人物として指定し、警察のターゲットとなったフレッドは攻防の際に警官の銃に撃たれてしまう……

ダニエル・カルーヤのシェイクスピア劇のソロのセリフもどきの演説が何と言ってもこの映画の焦点。当人もまず母国英国のアクセントを抜き、シカゴの訛りを加えての長いスピーチには一番苦労したと彼は言っている。主演賞候補がなく、メイン二人が助演賞候補という例外的なオスカー設定となった。(文・成田陽子)

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