驚きの香川照之の演技の凄さ
── はい。思った通りであったということですね?
佐藤:もっと凄かったですね。
── あ、もっと凄かったということですね。思った以上に。
佐藤:ええ。
関:香川さんについて、現場で撮っている時も、作り終わった後も、凄いって思ったのは佐藤先生のお話と結構一緒ですね。お芝居の細かさが尋常ではなかった。香川さんの顔を長く見せていくカットでは、とにかく、何かもう顔全面が可動域というか、すごい細かさで動かしているんですよね(笑)。その精度たるや……っていうくらいに。
── おっしゃるとおり確かに、顔だけで惹かれます。
関:例えば、侍の恰好で斬られて倒れる、という撮影では、テイクごとに正確に、明確に、違うお芝居をしてくれているんです。
(演技って)技術に頼っていると、冷たい感じがするっていう印象もあったのですが、香川さんの芝居を見て、全然そんなことはないんだと思い知らされました。
やっぱり、香川さんは、映画的な感情を正確に、豊かに表現する確かな技術を持っていらっしゃるんです。編集時、その表情、そのお芝居に何度も助けていただいたなと、というのが、香川さんの一番の印象かなと思います、自分は。
── 平瀬さんはいかがでしょうか?
平瀬:そうですね、ほとんど二人と一緒です。自分が一番感じたのは現場でのことで、指示してくださいっていう姿勢では全然なくて。
宮松っていう人物はどんな人なのかについて、一緒に四人で考え、議論する、長い時をとってくれて。宮松ってどういう動きをするんだろうとか。例えば、記憶が戻ってきて、タバコを路上の灰皿に捨てるところがありますが、最初は香川さんはていねいに消したんですね。
── ああ、その場面、重要ですね。
平瀬:で、それを見てて何かもうちょっと虚ろの方がいいなと思って、「香川さん、もう少しだけ何ていうかこう、見もしないで、タバコを落とすような……」って、そこまで言ったら、香川さんがすぐに「なるほど、そっちね」と言ってやってみせてくれました。それを見て、私たちもそれです、と。そういう風に、一つ一つをどうやったら私たちが目指している宮松を表現できるのか、香川さんも一緒に本気で探してくださってる。いっぱい考えてもくださっている。自分はその姿勢みたいなものが、香川さんの一番凄いところではないかと。
本物の俳優は、顔の情報量で演技する
── 本当にもう、期待以上ということですね。
平瀬:そうですね。
佐藤:撮影のとき面白かったのが、タバコの「ホープ」を買う朝のシーンなんですが、香川さんに「昔はよく吸ってた」と妹が言うんですよ。その時に回想が入るんです。昔よく吸ってて、にこやかに彼が振り向くカットがあるんですけれど、僕はそのカットがすごく好きなんですが、もう最初からあの演技が出たんですよ。それで終わった後に、香川さんに「ああいう、何ていうか爽やかな屈託のない笑顔、気持ちいい笑顔っていうのはどうやって作るんですか? もしかしてすごく楽しいことを考えるんですか?」って言ったら、「そうじゃないんですよ」とおっしゃるんです。
そのうえで、「いや、あれはね、方法があるんです」って。だから(方法が)あるんだなと思いました(笑)。
一同:(笑)
佐藤:要するに、楽しいこととか思い出すと、にこやかになれるんではなくて、あの表情をだせる、もっと具体的に方法があるんですね。
それで僕は、それ以上聞かなかったんですが、香川さんは、「方法があるんですよ」って言って笑って、それ以上は答えなかったんですけれど、それがすごく良くて。
話を前に戻すと、それまで我々は何か非常に未熟でして、やっぱりこういう俳優さん、女優さんに対して、あんまり過度の期待をかけていなかったんですね。
『八芳園』の時も、企画重視でやってたんですよ。ところがカンヌに選んで頂いた、『どちらを』という黒木華さんが主演して下さった作品で、最初に黒木華さんをある台所の設定で撮った時のアップの表情があるんですけれど、その顔が、香川さんと同じ様に、情報量のすごさがあって、僕はもう、そのことでびっくりしたんです。顔にいろいろな情報が入ってるんですよ。毎日の生活に疲れたとか、そんな単純なものではなくて、過去にいろいろなことがあったんだなとか、今もまあまあ幸せなんだなとか、でも引っかかりがあるんだなとか、もうすごい情報量があるんです。
── ええ。
佐藤:本当にびっくりしました。『散髪』での市川実日子さんもそうでした。すごい情報量があるんですよ、アップで撮っていると。香川さんにあるものが、ありますね。演技とか表情にとんでもない、何ていうか我々が解釈しきれないものが。
「佐藤研」の他のプロジェクトでも、「見ていられる」っていうのはどういうことかっていうのを解析しようっていう流れがあったんですけれど、香川さんの情報量たるや、ものすごいものがあったということなんです。
── それでこそ本物の俳優さんですよね。
佐藤:ええ。
初長編映画づくりにチャレンジしてわかったこと
── 最後に、一番うかがいたかったことですが、今回長編を初めてお作りになられて、短編とは違うっていうことがよくわかったと、平瀬さんが発言されていましたが。
佐藤:はい。
── そして、佐藤先生が非常に貴重なお話をされていらっしゃる。ご自分たちが、めざしてやってきたことは、物凄く新しい映画制作体験として可能性があると思っていましたが、それだけで映画は完成するものではないってことを、今回実感されたのだと。どんなところでそういった貴重なご体験をなさって、そのように痛感されたのでしょうか。
佐藤:そうですね、これは平瀬も関も常日頃言ってることなんですが、短編の場合は、一つの手法を見つけると、それだけで吹っ切れて13分、14分で(思うものが)できるんですよね。それでバックにある物語性に関しては、ニュアンスだけでもう大丈夫なんですよ。
ところが、長編はもっと鑑賞者を何かぐっとこう引っ張って、ずっと続けて自分を忘れるぐらい没入させて、映画に浸って欲しい思うと、手法だけじゃ足りないんですね。簡単に言えば足りないものは、物語性だったんですね。
── うーん……。
佐藤:そこに対しては、ケアはあんまりしてないんですね。手法重視の人間たちなので、手法が面白ければ観てくれるだろうというぐらいの、ちょっとだけ傲慢なところもあったんですが、長編映画はそんなもんじゃなくて、やっぱり90分という長さに没入してもらうためには、手法だけじゃ駄目なんだなっていうことなんですね。
── そうですか? 成功なさっていると思います。充分物語性を感じられますけれどね。
佐藤:それはまあ、みんなで苦労してみて最後に得たものなんです。ちょっとだけやっぱり手法寄りの動きを我々はしていると思います。手法さえ、すごく新しければ、新しい映像体験をして鑑賞者はそれだけで、すごく満足してくれるんじゃないかなっていうところがあったんですが、それだけじゃやっぱり足りないなということがわかったんです。
で、もう一つ手法に関しても、もうちょっと深くやらないと、観ている側に没入感を味あわせることまでいかないんじゃないかなと思いました。
そこいらへんが短編とはちょっと違う。短編は手法をちょっと匂わすだけで、「オオー」ってなるというのとは違うっていうことをね。
── 没入感! ですね。
佐藤:そうです。
── それに気づくというご体験は素晴らしいです。そして、テレビのドラマ作りとも違うんですよね、関さんね。
関:違うんだと思います。やっぱり映画はシアターの中で、「体験するもの」っていうニュアンスが強いですよね。
一方でテレビドラマだと、映像の世界を体験する、というまでの集中力を鑑賞者に求めづらいというか、そういう環境にメディア的にはないと思うので、悪い意味じゃなくて、表面的に映っているものや物語を楽しむのがテレビですよね。映画はやっぱり、もうちょっと観る側に集中力が備わっている前提で作られていると思うので、そういった鑑賞者にどのような新しい、または深い映像体験をもたらすことができるのか、といったことを探求していくのが「5月」の目的でもあります。
── それにしても私は、最後まで目がスクリーンに釘付けでした。大成功だと思います。
平瀬:(笑)まだ、これからですけど、はい。
関:(笑)まだまだ、頑張ります。
── はい。これからも楽しみですね。いろいろ挑戦していただいて。
佐藤:はい。そうですね。
(インタビューを終えて)
こんな風にして、監督集団「5月」は映画づくりへの熱き思いを募らせ、「学問」の領域を越えた、冒険旅行のような研究と実践を重ねながら「短編」から「長編」へと進化した。
佐藤教授と関、平瀬両氏の三人による饒舌なるモノローグは、まさに「一つの個性」の成せるわざ。尽きることなく、限られた時間の中、溢れていった。
「佐藤研」のレクチャーの中に身を置いたかのようなインタビューは、貴重な時間で、実に興味深いものとなった。ありがとうございました。
主演として熱望して迎えた、俳優・香川照之の本物の演技力を全開させた三人の監督の仕事に注目しないわけにはいかない。
『宮松と山下』
2022年11月18日(金)新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
監督・脚本・編集/関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦
出演/香川照之、津田寛治、尾美としのり、野波麻帆、大鶴義丹、諏訪太朗、 尾上寛之、黒田大輔、中越典子ほか
製作幹事/電通
製作/『宮松と山下』製作委員会(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)
企画/5月
制作プロダクション/ギークサイト
配給/ビターズ・エンド
©2022『宮松と山下』製作委員会
2022/87分/日本/カラー/ヴィスタ
Twitter/https://twitter.com/miya_yama_movie
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