「マーティンの作品が、私を女優として形作った」
──これまでもマーティン・マクドナー監督の作品には数多く出演されてきましたね。
マーティンと初めて本格的に仕事をしたのは「ロンサム・ウェスト」(1997)でした。その後、「ウィー・トーマス」(2001)の出演依頼を頂き、1年半に渡ってロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで出演しました。
私は演劇学校に通っていないので、女優として正式な訓練を受けていません。本能にまかせて感じたまま演じながら、舞台のリハーサルで役者としての立ち振る舞いを学びました。つまり、マーティンの作品が、私を女優として形作ったとも言えます。まだ、とても若い頃でしたし、私はアイルランドの田園地方の出身ですので、役に共感するところが多かったのです。
──イニシェリン島は架空の島ですが、アイルランドのアラン諸島で撮影が行われました。本作は「イニシュマン島のビリー」、「ウィー・トーマス」に次ぐ、マーティン・マクドナー監督のアラン諸島3部作の第3章にあたると思いますか。
「イニシュマン島のビリー」、「ウィー・トーマス」に登場する人物は繋がっていますが、『イニシェリン島の精霊』は違います。マーティンは他の2作とは別ものと捉えているのでしょう。しかし、3つの作品には間違いなく似たような雰囲気があります。脚本を読みながら映画というよりも戯曲のように感じ、マーティンは自分のキャリアの原点に戻ろうとしているのではないかと思いました。
──本作のキャストの多くが、マーティン監督の他の作品に出演しています。
それは本当に助かりました。もちろん、“マーティン作品の出演経験があったから役がきた”というわけではありませんが、イニシェリンの町が生き生きとしていたのは、全ての俳優が真剣に演技に取り組んだからだけでなく、顔見知りということもあり、セリフのやりとりがとても自然にできたからだと思います。
──能天気な農夫パードリックの妹シボーンを演じられましたが、シボーンについてどう思いましたか。
「ウィー・トーマス」のマレードや「イニシュマン島のビリー」のヘレンは話が上手で機転が利き、はっきりとした信念を持っていて、自分が見えています。ところがシボーンは自分に自信がないように思えて、脚本を読んだときはマレードやヘレンよりも演じ甲斐がなさそうに思えました。
ところがリハーサルが始まってみると、シボーンの方が数段、難しい役だと気づいたのです。シボーンは「存在を認められていない」といった孤独や「自分の気持ちを汲んでもらえない」という怒りの感情を抱えており、そのことで悩んでいるので心は多層的です。しかし、それらは抑え込まれているので、ちらりと出すくらいに留めなくてはならない。まだ若いヘレンやマレードには不要だった円熟味が求められました。