主題歌を聴き、魂が解き放たれたような感覚に
──エンドロールに流れる主題歌、森山直太朗さんの「さもありなん」が心に染みました。
「さもありなん」というタイトルを聞くと、「何なんだ!」と思いますよね。このタイトルが出てくる言葉選びのセンスの素晴らしさに驚きました。森山さんに映画のイメージを掴んでもらうため、編集前の映像(松山さん、長澤さん、柄本さんのそれぞれのシーンの一部)をご覧いただきました。その段階で森山さんが涙ぐんでくださったので、具体的にこういう曲と伝えるのではなく、感じたものを書いてくださいとお願いしました。森山さんは映画と真摯に向き合い、映画のテーマを深いところで感じ取ってくださったのでしょう。私が思い描いていたものからさらに飛躍させ、映画を大きく包み込む、真の意味での映画主題歌を作ってくれました。初めて聴いたときの、心にゆっくりと沁みていき、魂が解き放たれたような感覚を一生忘れません。
──坂井真紀さんが演じた被害者家族の女性が「迷惑かけてもいいんです。多分、私も迷惑を掛けます。誰にも迷惑を掛けないで生きていける人はいません」と語ります。このセリフが心に残りました。監督が伝えたかった思いがここにあるのでしょうか。
それこそがこの作品の大切な裏テーマです。人はみな、自分では何もできない無力な存在として生まれ、お腹が空けば泣くしかない赤ん坊でした。今もみんなに助けられています。そこに思いが及べば、人に対してもっと寛容に、やさしくなれて、少しは生きやすい世の中になるのではないでしょうか。もちろん、介護の問題について、何年も前からわかっていたはずなのに何も手を打ってこなかった国や行政に問題があり、国や行政を動かすことも必要です。しかし、一方的に非難するだけでは何も変わりません。これが伝えたくて、このセリフを作品の最後に持ってきました。
韓国では『トガニ 幼き瞳の告発』(2012年)という作品をきっかけに障害者や児童に対する性的虐待を厳罰化し、公訴時効を廃止する通称「トガニ法」が制定されました。映画はエンターテインメントですが、観客の1人1人がふっと何かに気づくことで小さな声が集まって大きな力が生まれていき、社会を変えていく一歩になると信じています。
PROFILE
前田哲
フリーの助監督として、伊丹十三、滝田洋二郎、大森一樹、崔洋一、阪本順治、松岡錠司、周防正行らの監督作品に携わる。1998年相米慎二監督のもと、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』エピソード3で劇場映画監督デビュー。主な監督作品は、『パコダテ人』(02)、『陽気なギャングが地球を回す』(06)、『ドルフィンブルー フジ、もういちど宙(そら)へ』(07)、『ブタがいた教室』(08)、『極道めし』(11)、『王様とボク』(12)、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(18)、『そして、バトンは渡された』(21)、『老後の資金がありません!』(21)など。本年6月公開作として、『水は海に向かって流れる』と『大名倒産』がある。
『ロストケア』3月24日(金)全国ロードショー
<STORY>
早朝の民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、センターで働く斯波宗典(松山ケンイチ)。だが、彼は介護家族に慕われる献身的な介護士だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が勤めるその訪問介護センターが世話している老人の死亡率が異常に高く、彼が働き始めてからの自宅での死者が40人を超えることを突き止めた。
真実を明らかにするため、斯波と対峙する大友。すると斯波は、自分がしたことは『殺人』ではなく、『救い』だと主張した。その告白に戸惑う大友。彼は何故多くの老人を殺めたのか?そして彼が言う『救い』の真意とは何なのか?被害者の家族を調査するうちに、社会的なサポートでは賄いきれない、介護家族の厳しい現実を知る大友。そして彼女は、法の正義のもと斯波の信念と向き合っていく。
『ロストケア』
監督:前田哲
原作:『ロスト・ケア』葉真中顕 著/光文社文庫 刊
脚本:龍居由佳里、前田哲
出演:松山ケンイチ、長澤まさみ、鈴鹿央士、坂井真紀、戸田菜穂、峯村リエ、加藤菜津、やす、岩谷健司、井上肇、綾戸智恵、梶原善、藤田弓子、柄本明
配給:日活 東京テアトル
©2023「ロストケア」製作委員会
公式サイト:https://lost-care.com/