2000年~2001年にイランの聖地マシュハドで16人もの犠牲者が出た連続娼婦殺人事件が起きました。その事件をベースにカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを受賞した北欧ミステリー『ボーダー 二つの世界』のアリ・アッバシ監督が15年の構想を経て作ったのが映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』です。女性ジャーナリストが男性社会からの圧力や身の危険を感じながらも、真相を追い求め、犯人と対峙する。人間に潜在する狂気と恐怖をミステリータッチで暴き出します。主人公を演じたザーラ・アミール・エブラヒミさんに作品に対する思いをうかがいました。(取材・文/ほりきみき/カバー画像:Emma McIntyre:ゲッティイメージズ提供)

イランに住んでいる多くの女性が経験しているラヒミの苦悩

──ザーラさんが犯人を追い詰めるジャーナリスト・ラヒミを演じることになった経緯からお聞かせください。

キャスティングディレクターとしてこの作品に参加し、3年間に渡ってイラン内外でキャスティングを行っていました。アリ監督と私は完璧主義なところが似ていて、とてもいいコンビでしたが、プロデューサーにはそれがプレッシャーだったかもしれません。

アリ監督はラヒミに関して特別な思い入れがあって、イラン人女優から見つけることにこだわっていました。私は女優でもあるので、その経験から、「役者が何を感じているかで見た目は変わる。そこのところもしっかり見てキャスティングした方がいい」と伝えたのですが、なかなか見つけられない。最後にテヘランで1週間キャスティングしたときに、やっとイラン人女優の方を見つけました。彼女はまだ駆け出しの女優でしたが、いい仕事をいくつかやっていて、キャリアはこれからという感じ。そんな若い方がリスクを背負うことを承知で、社会を変えようとする作品に飛び込んでくれたのは素晴らしいことだと思いました。

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撮影はヨルダンで行うことになっていました。しかし、イラン人にはビザが発行されません。彼女が来られるようにするために、いろんなことを取り計らったのですが、撮影の1週間前になって彼女が役を下りたいと言い出したのです。

ラヒミは髪が短く、ヒジャブで顔を覆うことをしたくないと考える女性です。映画の中にも本来ならばヒジャブで顔を覆うけれど、あえて顔を覆わないシーンが2回出てきます。監督としては2つのシーンともヒジャブで顔を覆わないよう、彼女に伝えていました。ところが彼女は「それをしてしまうとキャリアが終わってしまう。髪を短くしていたら帰国すらできない。私はラヒミのように勇気を持った人間ではない」と言い出したのです。ご両親がとても心配されたこともあって、ラヒミを演じるという自分の決断に不安になってしまったのでしょう。

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ただ、それを聞いて、プロの女優としての責任感のなさに私はものすごく怒ってしまいました。アリ監督が私をなだめたのですが、気持ちは落ち着かず、私はいったん、席を外して外に出ました。すると5分くらいしてアリ監督がやってきて、「今の君、すごかったね。明日は2人ともここにいるわけだから、君がオーディションをしてみない?」と言い出したのです。

アリ監督はキャスティングするたびに、私に「ラヒミ役にはザーラとは真逆な人がいい」と言っていました。アリ監督がキャスティングしたかったのはきついところがある女性で、私のことは柔和で、穏やかな人だと思っていたようです。

翌日、私がラヒミ演じてみたら、うまくいったのです。私はその瞬間まで、ラヒミを自分が演じるとは考えてもみませんでした。あの頃から2~3年が経ちますが、アリ監督は今でも「自分の近くに自分が望む役者さんがいたのに、近すぎて見えなかったんだね」と言っています。

──ご自身としてはラヒミと似ているところがあると思いましたか。

キャスティングは2~3年掛かり、その間にアリ監督は何度も脚本を書き直し、私が演じることでラミヒの設定年齢が変わりました。それによって自分自身ではないのだけれど、何かとても似ているところもあるキャラクターになったかなと思います。

ただアリ監督とはディスカッションを繰り返していまいしたが、彼女が自分の身を危険に晒してまでも犯人を見つけ出そうとするのはなぜなのか、ラヒミを演じることになってもわかりませんでした。実際に同じような経験をされている方から話を聞いてみようと思いましたが、そういう人を探しても、残念ながら見つからない。別の手掛かりとして、ジャーナリストの友人たちに話を聞いていく中で、何とか自分の人生とのリンクを見つけていきました。悲しいことですが、彼女たちの多くがハラスメントを受けていたのです。

ラヒミは予約していたホテルから最初、宿泊を拒否されました。そこから始まって作品の中では常に誰かから何かを止められていますし、壁にぶつかっています。それは私の知るイランに住んでいるすべての女性の経験でもあります。社会やシステム、家族、友人が常にジャッジし、男性が優先され、女性が何かしようとすると必ず押し返され、その場所から排除される。そういう経験を共通項として、自分の中に彼女を見出すことができました。オーディションでは警官がホテルの部屋にやってくるシーンを演じましたが、そこで何か特別な、自分ならではのものをラヒミに見出すことができた気はしました。

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