〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。久しぶりに亡きゴダールの映画を見るつもりでいたら、私蔵(死蔵?)のビデオが見当たらずガックリ。
稲田隆紀
映画解説者。今だからこそ、映画の面白さ、スクリーンを通してみる、映画という表現の素晴らしさをアピールしていきたいと思う。
渡辺麻紀
映画ライター。個人的なオスカーは『TAR/ター』でした。『エブエブ』のよさが判らない……。
土屋好生 オススメ作品
聖地には蜘蛛が巣を張る
娼婦連続殺人事件を描きながら真のテーマは社会にはびこる女性蔑視ともいえる
評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽3
あらすじ・概要
2001年、イランの聖地で起きた連続女性殺人事件。女性ジャーナリストが真相に迫るルポルタージュ風事件簿である。犠牲者は延べ16人とも娼婦だったことから事件は思わぬ展開を見せ、真犯人に焦点が絞られていく。
この映画、確かに猟奇的な殺人事件を真正面から描いているのだが、イラン出身の監督アリ・アッバシは終始冷徹な眼差しを失うことなく、時に寄り添い時に切り込み、さらに追及の手を緩めることなく真犯人に肉迫していく。その精神分析的手法は終始リアルな客観主義に徹してドキュメンタリー映画と見まごうほどの恐ろしさ。
まして主役の女性ジャーナリストが身の危険を冒してまで自ら真犯人と思しき男に急接近する大詰めは異様な緊張感が漂う。凡庸な監督ならそこで事足れりとするところだが気鋭の監督アッバシはあきらめない。街全体を覆う濃厚な犯罪の臭いさえ映し出すのだ。
それが女性への壮絶な差別と偏見であることを観客は後で知ることになるのだが、現代人ならそこに性犯罪告発運動(#MeToo運動)への道を見いだすに違いない。多くの女性たちが次々と毒牙にかけられたのは、結局歪な社会にはびこる徹底した女性への差別、いや蔑視の風潮にあったのではないか。この映画の真のテーマはそこにあるといっても過言ではない。
公開中/ギャガ配給
© Profile Pictures / One Two Films
稲田隆紀 オススメ作品
ザ・ホエール
余命少ない巨漢の残された日々を抑制を利かせた演出で描く監督の成熟を実感する
評価点:演出5/演技5/脚本5/映像4.5/音楽4
あらすじ・概要
恋人を亡くした衝撃から過食を重ね、病状が悪化したチャーリーは、余命の短いことを知り娘エリーとの関係を修復しようとするが、娘は多くのトラブルを抱えて荒み切っていた。彼は娘の心を溶かすことができるだろうか…。
『ブラック・スワン』(2010)の異才、ダーレン・アロノフスキーの成熟ぶりを実感させる仕上がりだ。サミュエル・D・ハンターの舞台劇をもとに、原作者自身に脚色させて映画化に挑み、人間の内面の美を浮かび上がらせようとする。
余命わずかな272キロの巨漢が家庭を捨てた贖罪に苛まれ、娘に救済を求める。恋人に先立たれた喪失感、後悔に突き動かされた男の5日間を、アロノフスキーは抑制を利かせたタッチでじっくりと描きだす。惹きつけて止まない演出だ。
なにより巨漢を演じたブレンダン・フレイザーが圧倒的存在感だ。“ハムナプトラ”シリーズでおなじみの好漢は、『愛の落日』(2002)でも示した、みごとな演技力を披露している。特殊メイクを装着した制約のなかで、生きることの哀しみ、愛の業をきっちりと表現し、アカデミー賞受賞は当然だ。
彼を囲んで娘役のセイディー・シンク、さらに看護する恋人の妹役のホン・チャウ、妻役のサマンサ・モートンが絶妙のアンサンブルをみせている。「白鯨」の引用を含めアロノフスキーの知的演出が素敵に際立った。
公開中/キノフィルムズ配給
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渡辺麻紀 オススメ作品
ノートルダム 炎の大聖堂
大聖堂炎上のシーンはどう撮影したのかと思うほどの大迫力で観る者を驚かせる
評価点:演出3/演技3/脚本3/映像5/音楽3
あらすじ・概要
2019年4月5日。パリのノートルダム大聖堂で火災報知機が作動した。新米の警備員は上司に連絡するものの誤報だと決めつけられる。だが、それは本当だった。大聖堂の屋根裏では炎が勢いを増していた。
2019年に起きたパリのノートルダム大聖堂の火災事件がもう映画化されたことにびっくり。このフットワークの軽さは何なんだ。だからといって映像的に手を抜いているかというとそんなことはなく、どうやって撮影したんだろうと思わせるシーン、実際の火災映像等を組み合わせたというシーンがハリウッド映画のような迫力を生んでいる。穴が空いた大聖堂の天井から炎がキラキラと降り注ぐビジュアルなどは神々しく、溶けた鉛が降ってくる図は恐ろしい。
『人類創世』や『子熊物語』等、ドキュメンタルかつリアルな作風でも知られる監督ジャン=ジャック・アノーらしい絵作りだといえる。
そのドキュメンタルな手法はドラマのほうにも活かされていて、消火に奔走した消防士や美術員等、すべての人間を功労者にしている。誰かをピックアップしてヒーローにするというハリウッド的な構成を避けようとしているのだ。
面白いのは大火災になるまで。そうか、こうやって炎に包まれたのか!
公開中/STAR CHANNEL MOVIES配給
© 2022 PATHÉ FILMS – TF1 FILMS PRODUCTION – WILDSIDE – REPÉRAGE – VENDÔME PRODUCTION Photo credit:Mickael Lefevre