人工子宮で人間とテクノロジーの関係を寓話的に表現
──商品化に最もそぐわないものをテーマに据えようと考えたとのことですが、人工子宮を思いついたきっかけを教えてください。
13年前に妊娠していたとき、不思議な夢を見たのです。そのことと10代のころに好きだったオルダス・レナード・ハクスリーの「すばらしい新世界」という本がきっかけです。
アメリカで暮らし始めて22年が経ちましたが、アメリカでの生活は機械的な感じがあります。出産もアメリカでは自然なことではなく、病気を治療するような感覚なのです。
そういったことから子宮を商品化することを思いつきました。
──映画を作るにあたって、どのようなリサーチをされましたか。
妊娠は素晴らしいことであるけれども、同時に不安なものでもある。妊娠によって体が変化し、人生が大きく変わる可能性がありますからね。また、母性本能は女性なら持っていて当然と思われがちで、母親は完璧であることを求められますが、一方で母親になりたくないという思いもどこかに抱えている。女性自身にも妊娠や出産について語ることを躊躇う部分があると思いますが、相反するものが自分の中にあるということをどう受け止めているかを引き出したいと思って、いろんな方に話をうかがいました。
取材するだけでなく、本も読みました。母性本能については時代的にも、文化的にも考え方が変化してきていますので、そういったことが書かれた本も参考にしています。
──脚本開発で意識されたことはありましたか。
人工子宮はあくまでも人間とテクノロジーの関係を寓話的に表現したもの。人間は利便性を優先してChatGPTなどのテクノロジーを使っていますが、そうすることで人間性が失われつつあります。自然との関係も同じ。バールーフ・デ・スピノザがかつて「人間は自然をコントロールしているつもりだが、実際は自然によって人間がコントロールされている」と言っていました。母親と妊娠について描いていますが、テクノロジーと自然、人間の関係というテーマがあるのです。作品の中に人間の目の形をしたAIセラピストが出てきますが、今はテクノロジーと人間性が混沌とした時代なので、そういったこともすべて描きたいと思いました。
──AIのカウンセリングが本物の目のようなビジュアルだったことに驚きました。
目は心を映し出す窓といいますよね。それで目を使いました。声だけのセラピストでもよかったのですが、ビジュアル化すると映像的にインパクトがあると思ったのです。
本物のように瞬きもする目の周りに造花を飾りました。あれはバイオテック企業がやりがちな手なんです。人間は本来、自然に惹かれるものですから、ちょっと自然を与えておくとバイオテックなものに対して惑わされるというか、これでいいんじゃないかと騙される。そういうところを揶揄しました。
スタンフォード大学のある調査で、学生に人間のセラピストとAIセラピストの両方を受けてもらい、どちらが良かったかを尋ねたところ、AIセラピストを選ぶ人が多かったという記事を読みました。理由として人間に判断されるのが嫌だという意見があったそうです。人間とデジタルの境目が曖昧になってきていて、社会は間違いなくその方向に動いていると感じました。それで、最初は否定的にとらえていた登場人物が最終的にはAIセラピストに心を開くようにしました。
──レイチェルが働く会社が社員の生活までコントロールしようとしていたところに恐怖を覚えました。
リサーチしたところ、アメリカのとある企業では女性が卵子を凍結させて将来、出産することに対して1万ドルの補助金を出すということがわかりました。子どもを生むということは人間にとってプライベートなこと。そこに企業が踏み込んできて、「男性と同等に働いて、認められたいと思うなら…」とプレッシャーを掛けてくることはすべきではないと思います。自分にとっていい選択だと思って、受け入れる人がいるかもしれませんが、よく考えてほしいですね。