役作りで約10キロの筋肉をつけた山﨑賢人
──主人公の杉元佐一を山﨑賢人さんが演じています。監督は山﨑さんとは初めてですね。
知り合いの監督から純粋でいい子だと聞いていました。彼が出演した作品を全部見たのですが、人間の本質がとても優しく、そういったお芝居やセリフの言い回しが自然にできる。どの作品の賢人くんを見ても、応援したくなる魅力を持っていました。
実際に会ってみるとまさにそのまま。純粋で優しいところが自然とセリフに現れますが、杉元もそういう優しさを芯に持っています。逆にそこがクリアできなかったら、なかなか難しかったかもしれません。
──山﨑さんとはどのように杉元を作っていかれましたか。
いちばん大事なのは杉元がどんな生き方をしてきたのかということ。賢人くんには役について書いた杉元ノートを作って渡したのですが、この作品は命を賭けたサバイバル・バトルなので、そこに説得力がないとダメ。原作の最後の方に“自分のためだけならとっくに諦めてる。そもそもの始まりが人助けだ”といったセリフがあるのですが、そういった杉元の純朴な部分を賢人くんも持っていると思ったので、 “杉元がこれまで経験してきたストーリーを追うのもいいけれど、まずは強靭な肉体を作ってほしい”とお願いしました。すると賢人くんは約10キロの筋肉をつけ、日本兵としての武闘アクションを1つ1つ丁寧に身につけてくれました。
二〇三高地や過去のシーンは初めに撮影させてもらいました。特に二〇三高地に関しては原作をバラバラにして、そこのシーンだけまとめたところ1巻分くらいあったので、4日間の予定を10日間まで粘らせてもらい、過酷な戦場を撮りました。そこでの経験があることで、その後の雪山でのサバイバルがリアルになり、杉元は完成すると思ったのです。
──二〇三高地で砲撃を受け、杉元が一瞬、後ろに吹き飛ばされそうになるものの、ぐっと堪えて前に進むシーンに生きることを諦めない強い気持ちが伝わってきました。
そこは狙いです。1つ1つのセリフが全て行動に繋がっています。その辺りは野田先生がしっかり描いてくださっていましたから、そういったことを大事にして撮り、賢人くんもそれに応えてくれました。
──馬そりに引き擦られるシーンも山﨑さんご自身がされているそうですね。
僕はアクションが好きで、アクション作品をたくさん撮っていますが、ほぼ自分でやれてしまう役者さんで主役ができる人はほとんどいません。
しかも賢人くんは自然なお芝居もできる。表情1つ撮ってもすごいんです。パンチするときにそのシーンはなぜ戦っているのかを全部理解しながら、表情をつけるのはすごく大変。お芝居とアクションを両立させることができる唯一の役者ですね。日本の宝ですよ。彼のことを撮るたびにその魅力をじわじわと感じました。
だから杉元なんです。賢人くんしか生身の杉元はできないと思います。
──拝見するまでは『キングダム』の信と被らないかが心配でしたが、まったくの杞憂でした。
そこは本人もいちばん意識してやってくれたと思います。信はこれからいろんな戦いに行く役どころで、すごく若い。一方で杉元は一苦労も二苦労も背負ってきた。僕としては声を意識してもらい、現場で「ちょっと優しすぎるね」などと伝えましたが、本人も表情でやんちゃな部分や優しさがそのまま出るところの棲み分けをすごく意識して、考えながらやってくれたと思います。
──杉元は山田杏奈さんが演じたアシリパと少しずつ関係性を深めていきますが、山﨑さんはそこも丁寧に演じられていました。
杉元とアシリパの信頼関係の構築は今回の大きなテーマです。
最初の方は2人があまり仲良く見えない方がいいと思い、山田さんにはそれを事前に伝え、賢人くんには自然に任せていました。出会いのシーンを撮影したころは2人の間にいい緊張感があったと思います。それが次第に打ち解けていき、野生のリスを調理する“チタタプ”(※チタタプのプは小文字が正式表記)シーンでぐっと距離が縮まります。
だからこそ、杉元はアシリパを置いてコタンを出ますが、アシリパが杉元を追っていきました。脚本が丁寧に原作を追っていますし、賢人くんも山田さんも理由をわかっているので、自然と表情に出たのかなと思います。
最後のシーンはすべてが終わってから撮りました。2人は「セリフの言い回しが今までこうきたので、こういう言い方はどうでしょうか」などとアイデアをたくさん出してくれ、撮影を通じて信頼関係を構築していってくれた気がします。
*アシリパのリは小文字が正式表記
──杉元は梅子との別れを経験したことで人として一回り大きくなり、アシリパとの関係を作っていけたように思いました。
アシリパと出会い、アイヌコタン(村)に行き、杉元は アイヌ文化やアシリパの生い立ち、置かれている状況を知りました。それによって今までの自分にはできなかったことができるのではないかという希望と、この子を守っていくのは自分だという決心が生まれた気がします。