大家族に生まれ、家庭でも学校でも孤独に過ごす少女コット。母の出産が近づき、親戚夫婦に預けられた。そこで初めて触れた深い愛情にコットは自己を解放していく。映画『コット、はじまりの夏』はこれまでドキュメンタリー作品を中心に子どもの視点や家族の絆を誠実に映し出してきたコルム・バレード監督の初長編作品である。コットを演じたキャサリン・クリンチはアイルランドのアカデミー賞といわれるIFTA賞主演女優賞を史上最年少の12歳で獲得。『パラサイト 半地下の家族』などを世に送り出して来た新進気鋭のスタジオ、NEONが北米配給権を獲得した注目の作品だ。コルム監督のインタビューが届いたのでご紹介したい。(構成・文/ほりきみき)

この作品は一人の少女が再生する物語

──コット役にキャサリン・クリンチを選んだのはどうしてでしょうか。

キャサリンを初めて見たのはオーディション映像でした。彼女がコットを深く理解し、コットのように感情を内側に押し込めることができ、目立たぬように生きてきたのを感じました。
一方で、カメラの前で自分をさらけ出すことをまったく厭わない寛容さがありました。キャサリンはこれまで演技したことはありませんでしたが、カメラの前で「存在する」方法については理解しているように思ったのです。

画像: コット(キャサリン・クリンチ)

コット(キャサリン・クリンチ)

──キャサリンは演技するのが初めてとのことですが、どのようにして彼女の素晴らしい演技を引き出したのでしょうか。

キャサリンはとても聡明な子で、感情が豊かでした。先程もお話ししましたが、コットのことをよく理解していましたから、コットになったつもりでセリフを言うように話しました。つまりほとんど演出をつけていないのです。

コットの生い立ちや性格がどのように育まれてきたかを考えると、表情や感情を抑えることが役作りの重要な部分でした。そのため、撮影現場ではキャサリンを注意深く観察し、小さな仕草が大きな意味を持つことを意識しながら、細かな調整を繰り返していました。

──コットを預かった親戚夫婦を演じたキャリー・クロウリーとアンドリュー・ベネット、コットの父を演じたマイケル・パトリックとの仕事はいかがでしたか。また、撮影中はどのような話をしましたか。

それぞれがどのような人間で、どんな心の痛みを抱えているのか。そういったことは彼らに伝えましたが、いったん撮影現場に入ってしまえば、私が演出をする必要はありませんでした。細かいディテールやそれぞれのキャラクターの本当の思いが垣間見える微妙な瞬間について、彼らが互いに話し合い、それぞれのキャラクターを見事に演じきっていたのです。

画像: (左端)アイリン・キンセラ(キャリー・クロウリー)

(左端)アイリン・キンセラ(キャリー・クロウリー)

画像: (右)ショーン・キンセラ(アンドリュー・ベネット)

(右)ショーン・キンセラ(アンドリュー・ベネット)

マイケル・パトリックはダンについて、「他人から批判されると憤慨し、その結果、ますます不機嫌になる男だ」と言っていましたが、それは興味深い解釈だと思いました。ダンは自らダメな人間だと思っていて、この映画の中で最も救い難い人物です。

──夜の海でショーンがコットに「何も言わなくていい。沈黙は悪くない」と語りかける場面があります。このシーンに込めた意図を聞かせていただけますか。

原作にもあるエピソードを忠実に再現しています。ここでコットとショーンの間に強い信頼関係が生まれました。コットは預けられてすぐの頃にアイリンから「秘密があるのは恥ずべきことなのよ」といわれますが、ショーンは“話したくないときは沈黙を貫いてもいい”と伝えたのです。

このシーンでショーンがコットに子馬について語る部分が気に入っています。ショーンは以前、海で子馬を引く男を見かけ、その子馬は横たわってしまい、死んだように見えたのに、立ち上がって息を吹き返しました。それは、多くの苦しみに耐え、諦めるように生きてきたコットがキンセラ夫婦の元で自己を解放し、成長していったことの比喩。これは一人の少女が再生する物語なのです。

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