愛する男性を刺し殺そうとした女性が刑期を終え、お見合いで出会った男性と新しい生活を始めた。平穏な日々が続いていくかと思っていたが、謎めいた女性が現れ、主人公の心はかき乱されていく。映画『熱のあとに』は2019年に起きた新宿ホスト殺人未遂事件にインスパイアされた山本英監督が、東京藝術大学大学院で同期だった脚本家イ・ナウォンと共に構想を練ったオリジナル脚本を映像化したものだ。主人公・沙苗を橋本愛、沙苗の夫・健太を仲野太賀、謎めいた女性・足立を木竜麻生が演じている。公開を機に山本英監督から作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

誰かのことを愛する人物とその人の言葉を映画で描きたい

──本作は2019年の新宿ホスト殺人未遂事件から着想を得たとのことですが、この事件のどんなところに興味を感じたのでしょうか。

いちばんのきっかけは2020年に出た裁判の公判記録を読んだことです。どういう思いだったのかが当事者の声で淡々と語られていたのですが、その言葉の端々から法や社会から外れたとしても誰かのことを切実に愛し続けたいという気持ちが伝わってきました。その言葉に触れて、もしかすると僕たちは日常生活の中で誰かを愛することを諦めたり、気が付かないうちに見て見ぬふりをしていたりしているのではないか。わからないけれどわかってしまったという感覚があり、愛に対する姿勢や言葉に強い関心を覚えて、愛することと生きることが地続きにある人の言葉を映画で描きたいと思いました。

画像: 山本英監督

山本英監督

──脚本を担当されたイ・ナウォンさんは東京藝術大学大学院映像研究科での同級生とのことですが、どのようなタイミングで脚本を依頼されましたか。

イ・ナウォンさんとは映画のミーティングではなくても、普通に「最近、どう?」と話をしたりしながら卒業後に一緒に映画を作るなら自分たちに何ができるのかとずっと考えていました。なので依頼というより、お互いが本気で取り組めるテーマをやっと見つけたという感覚でした。

──事件に対する受け止め方は監督とイ・ナウォンさんは同じでしたか。

イ・ナウォンさんも僕も基本的なスタンスは沙苗の側に立って彼女の愛を描きたいということで、それは最初から最後まで変わらず同じでした。その出発点が同じだったので事件の受け止め方も映画で何を描きたいかということも大きくズレていることはなかったです。

──脚本開発で苦労されたところはありましたか。

脚本には3年くらい掛けました。まずは沙苗や健太、足立がどういう人生を送ってきたのかというサブテキストを人物ごとにそれぞれが書き、それを見比べて、登場人物のすり合わせをしました。それから脚本を書き始めたのですが、沙苗の愛について語る言葉を見つけていくのに苦労しました。

──イ・ナウォンさんは『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』でも脚本を担当されており、酒井麻衣監督に取材したところ、イ・ナウォンさんの言葉選びを絶賛されていました。

イ・ナウォンさんは藝大の頃からとても惹かれる言葉を書いていました。彼女の書く言葉が胸に響くのは登場人物たちが他者を無配慮に労らないからだと思っています。暴力的な言葉という意味ではなく、自分の思いを伝えるためには他者を傷つけることも厭わない。そういったある意味で真っ直ぐな言葉をそのまま口に出してくれるから、信頼できるし、強く惹かれるんだと思っています。

──作品のラストは監督とイ・ナウォンさんの間でどのように決められたのでしょうか。

それについても2人でたくさん話し合いましたが、なかなか決まりませんでした。いろいろ書いてみるものの自分たちもしっくりこず、かなり悩みましたが、プロデューサーである山本晃久さんが毎回ラストについて鋭い指摘をしてくれたこともあり、改稿を重ねていく中でやっとこのラストに行き着きました。

この作品は言葉にあふれている作品ですが、どんなに自分の思いを言葉で伝えようとしても伝わらない。そんなときに二人に残されている手段は見つめ合うことしかないんじゃないか。見つめることで他者が立ち現れる瞬間になればと思いました。

──私には希望を感じさせるラストに思えました。企画を立ち上げた段階で方向性は決まっていたけれど、具体が決まっていなかったということでしょうか。

ラストに関しては具体も方向性もかなり初稿の時と変わっていると思います。いい形で終わらせようという意識で書いたわけではありませんが、かといってバッドエンドでもないと思います。流れの中で最終的に行き着いたラストを登場人物2人にとっていい終わり方だと思ってくださるのは、自分としてはとてもうれしいです。

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