助演であっても強烈なインパクトを残し、インタビューでは自身について多くを語らず、職人的な役者としてキャリアを積み上げてきたキリアン・マーフィー。アカデミー賞初ノミネートにして主演男優賞を受賞した『オッペンハイマー』で見せた彼の“真価”とは?(文・よしひろまさみち/デジタル編集・SCREEN編集部)
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これまでハリウッド系映画賞では無冠だったのが信じられない

ロバート・オッペンハイマー役の熱演で2023年度の映画賞を総なめしつつあるキリアン・マーフィー。早いもんで、彼、気づけばもう47歳なのね……。そりゃもう機が熟したとしかいいようのない、というよりも、遅すぎたか? いずれにしてもこんな芸達者がこれまでハリウッド系映画賞では無冠だったのが信じられない。

だいぶ前のことですが、弊誌2000年6月号でも彼について書いたものの、あのときと全く変わってないのもアゲ。あのとき書いたことを反復しますと……

「なっかなかインタビューには現れないことでも有名なんですわよ、奥様。なんせ、出世作になった『麦の穂をゆらす風』でも、会見は出てきたけど個別取材はシャットアウト(ねー、マジで主演作よ、主演作!ってみんなツッコんでました)」。

そーなんです。個別取材ほぼゼロ。いや、イングランドやアイルランドの媒体はやってますけど、相変わらずのメディア嫌いのセレブ文化嫌い、俳優を生真面目に一筋ってタイプ。

『オッペンハイマー』でも、グローバル会見には出てきたものの、ほぼ個別なし(アメリカの一部媒体はやったらしい)。むしろ、ブレのないキャラだから惹きつけてやまないのかも。

画像: 『オッペンハイマー』撮影現場でクリストファー・ノーラン監督と

『オッペンハイマー』撮影現場でクリストファー・ノーラン監督と

ちなみに『オッペンハイマー』の会見での彼は、クリストファー・ノーラン監督や共演者のエミリー・ブラント、ロバート・ダウニーJr.、音楽を担当したルドウィグ・ゴランソンなどのビッグネームと一緒だったせいか、主演だっていうのにお言葉控えめ&共演者や監督をたてるコメントが多く、自分の役作りの苦労とかあんま語ってないという……なんと謙虚(ゆえに使いにくい)。

変わってないからこそ、何度でも言いたいのが、彼の代表作は『オッペンハイマー』よりも『プルートで朝食を』(2005)。あんな美麗なキャラクター、前にも後にもいなかった。アイルランドを舞台にした、キラッキラの女性像に憧れた孤児キトゥンの笑いあり涙ありの人間ドラマ。配信で観られるから、知らなかった方はぜひ。

ともあれ、ついにきたキリアンのピークは昨年(米公開)の『オッペンハイマー』。全米映画俳優組合賞の主演男優賞を受賞したことは、いわば同業の俳優たちからこの作品での芝居を絶賛されたということ。

ではなにが? それは、これまで歴史的資料でしか観たことがなかった断片的なオッペンハイマーのイメージを大きく変えたから。

彼がスクリーンに現れた瞬間、オッペンハイマーに見えてくる

この作品は伝記映画としては最大の興行収入を記録した、クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)を軽く抜き去り、伝記映画として世界興行成績トップに位置している。

これまで数々の伝記映画が製作されてきたが、そのどれもが「特殊メイクを使ってでもできる限り外見をそっくりに見せる」ことが多い。そこから外れているのは最近だと『エルヴィス』(2022)だが、エルヴィス・プレスリーの特徴ある動きや表情作りのおかげで、観ているうちにそっくりに見えてきたのを覚えているだろう。

『オッペンハイマー』の場合、それが通用しない。歴史に残る名台詞はいくつか残しているものの、劇中の大半となる審問会と戦中の原爆開発現場はもちろん、学生時代~UCバークレーの映像資料は皆無。見た目から似せることができない。おまけに、写真を見れば分かることだが、オッペンハイマーのルックはキリアンのそれとは全く似ていない(近いのは身長くらい)

なのに、キリアン演じる若き日のオッペンハイマーがスクリーンに現れた瞬間、彼がオッペンハイマーに見えてくる。いや、その時代の彼は観たことないから、それが正しいのかどうかは別として、この作品で描こうとしている、科学者として致命的なトラウマと劣等感を抱えた、承認欲求強めで弱い男というイメージは完璧に印象付けて、一気に作品を彼の舞台にしてしまうことに成功しているのだ。

画像: 『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィー

『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィー

これはじつは過去の作品にもいえること。たとえば、スケアクロウ役で出演したノーラン版“バットマン” 3部作は「もしノーランでまたこのシリーズを撮るなら彼のスケアクロウをメインに!」という声はいまでもあがっているし、前作が異例のヒットを記録した『クワイエット・プレイス 破られた沈黙』(2021)は、共感性キャラクターの主人公の母子と真逆ながら、敵性キャラではない強烈なインパクト。

ハリウッド映画でのキリアンは助演格が多かったが、アンサンブル演技というよりも、独立した個性をバンバカ放ちまくり、ときに主役を食ってしまうほどの存在になる。だからこそ、長年のビジネスパートナーのクリストファー・ノーランにしても(おそらく本人にしても)、待望の「登場キャラを全部食っていい主演」として『オッペンハイマー』のキャスティングとなったのだろう。

彼が初めて国際的な舞台に躍り出た『28日後…』(2002)や、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した主演作『麦の穂をゆらす風』(2006)から20年強のキャリアが、ついに実を結ぶとき。とはいえ、「ピーキー・ブラインダーズ」のようなシリーズものや、キャリアのルーツである舞台から遠のかないでいてほしい。

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『オッペンハイマー』
2024年3月29日(金)公開
アメリカ/2023/3時間/配給:ビターズ・エンド
監督:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニーJr.、フローレンス・ピュー

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