インスピレーションは他の人と接することで生まれる
──本作はご自身が書かれた短編集「total」に収録されている同名小説「She came to me」が基になっているとのことですが、その短編小説はどのような内容なのでしょうか。
小説家がスランプに陥ったときの恐怖を描いています。ストーリーテラーであるにも関わらず、ストーリーが書けない。アイデアさえ思い浮かばない。
そんなときに誰かと接することで自分さえ知らない意識下の何かの鍵が開き、そこからインスピレーションを得てキャラクターや物語が生まれてくる。私がスランプを経験したときのことを反映して、その状況を深掘りしました。
インスピレーションは自分で生み出すのではなく、他の人と接することで下りてくるということは映画でもテーマの1つにしています。
──この作品も他の人からインスピレーションを受けたのでしょうか。
まずはジャン・ビゴの『アタラント号』(1934)ですね。その作品は船が主な舞台ということもあり、見比べていただくと、撮影に関してかなりインスピレーションを受けているのがわかると思います。その1つがスクリーンサイズで、4×3とビスタを組み合わせたこと。船の中は狭いので4×3がピッタリなのです。以前から複数のスクリーンサイズを組み合わせた作品を撮りたいと思っていたので、今回、それを叶えることができました。
アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』(1979)、フェデリコ・フェリーニの『魂のジュリエッタ』(1964)といった作品からは色彩や構図のインスピレーションを受けました。
あまり知られていない作品ですが、ミロス・フォアマンの『パパ、ずれてるゥ!』(1971)からも影響を受けています。簡単に言うと中産階級の人々が新しい世代とどう向き合っていくかという話ですが、幼い頃に見て、ミロス・フォアマンが大好きな監督になりました。今回、見直しましたが、やはり素晴らしかったです。
映画だけでなく絵画もよく見ます。デイヴィッド・ホックニーの舞台用のセットが参考になりました。
アン・ハサウェイが「インディーズ作品をやりたい」
──キャスト兼プロデューサーとしてアン・ハサウェイが参加しています。彼女のキャスティングの決め手とプロデューサーとして参加することになった経緯を教えてください。
当初、パトリシアはもう少し年齢が高く、40代を想定していました。ちょうどその頃に、アンが「インディーズ作品をやりたい」と言っていることをお互いのエージェントを通じて知ったのです。ただ「いいかも」と思いつつ、「やっぱり少し若すぎるかな」という感覚もありました。
ところが、実際に会ってみたところ、アンはこの役のために必要な才能を全て持ち合わせていたのです。
かなり初期段階に出演が決まったので、他の人のキャスティングなどでもアンはずっとサポートしてくれました。それでプロデューサーのクレジットを差し上げたいと思ったのです。
──パトリシアに関して、アン・ハサウェイから何か提案はありましたか。
アンはとてもクリエイティブな方でした。パトリシアは白いジャケットをよく着ていますが、あれは彼女のアイデアです。スティーブンを犬の散歩に押し出すとき、リードを直接触りたくないからティッシュで摘むようにして渡したのもそうです。
役者としてフィジカルな部分を大切にしており、自分がその瞬間、どんな動きをするべきなのかということに対するアイデアをたくさん持っていました。それがビジュアル面にも反映しているのです。教会に入って祈りを捧げる前に、首に巻いていたスカーフを外して、一回広げてシスターのように髪を覆うシーンがあります。予告編でもちらっと映りますが、あれもどういうタイミングでどう動けばビジュアル的に映えるかを考えて、やってくれました。
──パトリシアが修道院に寄付にいったときに、こっそりシスターの居住エリアに行き、空き部屋で時間を過ごすシーンがありましたが、そこで光と影が交錯する天井を映したカットが印象に残りました。
この作品はロケセットが多かったのですが、あのシーンはスタジオで撮った数少ないシーンの1つでした。
普段の生活の中で光の動きに美しさを感じることがよくあります。鏡を使ってそれを再現してみました。私のこだわりのカットです。
キャラクターごとにムードボードを作成
──ピーター・ディンクレイジがスランプ中の現代オペラ作曲家スティーブンを演じていました。彼はこれまで自信に満ちた役が多かった印象がありますが、なぜ彼をキャスティングしたのでしょうか。またスティーブンを演じてもらうにあたって、彼とはどのような話をしましたか。
ご本人も「こんなに自信のないキャラクターは初めてだ」とおっしゃっていました。私としては作曲家として信じられる方をキャスティングしたいと思っていて、ピーターがまさにそういう方だったのです。彼の兄弟はプロのヴァイオリニストで、彼も音楽業界について、よくご存知でした。
役者が自分とは違うタイプを演じるのはとても難しい。スティーブンはエキセントリックなところもあって、そこに信憑性がなければいけない。ピーターはそういう点も持ち合わせています。
ピーターとはいろんな話をしました。スティーブンは「自分の人生は今、こういう風にあるべきではない」と肌で感じていますが、そういったことは誰にでもある。ピーターはそれをどういう風に演じればいいのか、本能的にわかっていて、みんなが持っている感情を掘り下げて演じてくれたのです。とても飛び抜けた役者さんでした。
──カトリーナを演じたマリサ・トメイは作品で使われた曳舟に泊まり込んで役を演じたと聞きました。撮影を振りかえって、彼女に関することで印象に残っていることはありますか。
全てが印象に残る方でした。偉大なるコメディエンヌでもあるけれど、仕事に対する姿勢は真剣そのもの。役へのアプローチから服やルックに至るまで、自分が正しいと思えるまでこだわります。
今回は幸運なことに撮影前にじっくり話す時間があったので、準備をしっかりできました。
──パトリシアの衣装は黒と白を基調にしたタイトなものが中心で、カトリーナには情熱を感じさせる赤を使うなど、登場人物たちの衣装の色合いにこだわりを感じました。
色彩は大事にしています。それぞれの世界にムードボードを作り、衣装もそれに合わせて色彩設計をしました。例えば、スティーブンとパトリシアの生活は白と黒、グレーといったモノトーン系です。カトリーナの曳き舟の中は暖色を使って、もっとカラフル。いわゆるジュエルトーン系にしました。オペラに関しては1つ目が白と赤を使って表現主義的にし、2つ目は朧げな感じで、海を感じさせるブルー系の色彩にしました。オープニングとエンディングに赤い水の中がブクブクしている様子が映し出しますが、あれはベルベットの赤い緞帳のイメージです。
私は元々画家でもあったので、色彩からくるバイブレーションにとても興味があります。色と色がぶつかったときに感じるバイブレーションみたいなものが物語を助けたり、一方で摩擦を生じさせたり。色から感じられるものをリアルに描こうとしました。とはいえ、観客が「色が変わったのはこういうことなのかな」とご自身の感覚で物語の流れから離れていってはいけないので、そっとやったつもりです。
<PROFILE>
監督:・脚本: レベッカ・ミラー
1962年9月15日、アメリカ・コネチカット州ロクスベリー生まれ。父は劇作家のアーサー・ミラー、夫は元俳優のダニエル・デイ=ルイス。イェール大学で絵画と文学を専攻。西ドイツで数年を過ごした後、1987年にニューヨークのニュースクール大学で映画を専攻。卒業後は女優として舞台や映画で活躍。1995年に『アンジェラ』で映画監督デビュー。他の監督作品として『50歳の恋愛白書』 (2009)、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(2015)などがある。小説家としても活躍しており、本作の原案となった短編小説「She came to me」が収録されている「total」を含む5冊の本を執筆している。
『ブルックリンでオペラを』4月5日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋ほか全国公開
<STORY>
ニューヨーク、ブルックリンに暮らす夫婦、パトリシア(アン・ハサウェイ)とスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)。人気精神科医の妻パトリシアは掃除が大好きな潔癖症。一方、人気の現代オペラ作曲家の夫スティーブンは人生最大のスランプに陥っていた。ある日、愛犬と行く当てのない散歩に送り出されたスティーブンは、とあるバーでユニークな船長のカトリーナ(マリサ・トメイ)と出会う。彼女に誘われて船に乗り込んでみると、予想だにしない出来事に襲われ!?その想定外の出会いが、やがて夫婦の人生を劇的に変えてゆく。
<STAFF&CAST>
監督:・脚本: レベッカ・ミラー
音楽:ブライス・デスナー
撮影:サム・レヴィ
出演:アン・ハサウェイ、ピーター・ディンクレイジ、マリサ・トメイ
提供:松竹・楽天
配給:松竹
2023 年/アメリカ/英語/102 分/ビスタ/カラー/5.1ch/原題:SheCame To Me/日本語字幕:高内朝子/G
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