執筆過程で鮮明になったテーマと夫婦の繊細なズレ
──今回の企画の出発点は、最新のテクノロジーで〈死者を蘇らせる〉という発想に対し、「死者という存在はいったい誰のものなのか」という疑問を抱いたことだとうかがいました。それがタイトルの由来でもある「星の王子さま」と、どのように結びついていったのでしょうか。
正直に言うと、はっきりした理由は自分でもよくわからないんです。最初から大きなテーマを掲げて考えていたわけではなくて、「死者は誰のものか」という問いも、最初に明確にあったわけではありません。
きっかけはいくつかありますが、いちばん大きかったのが死者をAIとして蘇らせるビジネスが中国で人気だという記事を目にしたことです。日本でも数年前、亡くなった歌手をAI で再現して、新曲を歌わせるテレビ番組の企画がありました。そうした中で生まれたモヤモヤを、あえて言葉にするなら「死者は誰のものなのか」という問いになるのかもしれません。でも、その“モヤモヤしたまま”でいること自体が大事だと思っていました。
物語を書き始めてから、「亡くなった子どもが戻ってきて、母親が寝かしつけのために『星の王子さま』を読む」という場面を考えたんです。そのときに、「生成AIは“箱の中に羊がいる”ということを理解できるのか」という疑問が頭の中に浮かびました。そこから「生成AIは想像することができるのか」というテーマとして浮かび上がってきた気がします。
それで音々が翔に「星の王子さま」を読み聞かせるシーンを書いてみたのですが、よく考えると、あれは生成AIでなくても、親と子どもの間で普通に交わされるやりとりでもあるんですよね。その点が面白いと思いました。
そこから、「これは目に見えないものをめぐる物語なんだ」と気づいていきました。そしてタイトルも『箱の中の羊』になり、「見えないけれど、確かにあるもの」というテーマが、よりはっきりしていった。タイトルに導かれるように、自分がやろうとしていることが少しずつ具体化していった、そんなプロセスだったと思います。

──音々はヒューマノイドという“箱”の中に翔がいると思いたい。一方で健介は「ヒューマノイドはあくまでもヒューマノイドで、翔ではない」と考えている。同じ悲しみを経験したはずの母親と父親に気持ちの違いがあります。
結果的にはそうなのですが、最初から明確に「対比を描こう」と設計していたわけではないんです。
読み聞かせのシーンを書いていく中で、二人の間に、この子(ヒューマノイド)に対する受け入れ方の違いがあることが自然と見えてきたという感覚です。
それをきっかけに、物語を描くプロセスにおいて、二人のスタンスが鮮明に、かつ繊細にズレていく様を描くべきなんだと気づかされました。ですので、最初から意図していたというよりは、書き進める中で「後から」確信に変わっていったという感じですね。

綾瀬はるかの表現力と大悟の佇まいへの確信
──主演の綾瀬はるかさんとは『海街diary』(2015)以来のタッグです。今回、彼女に「感情の変化が難しい」音々(おとね)役を託した決め手は何ですか。
よかったでしょ。
音々という役は、ある時「この子は(亡くなった息子とは)別なんだ」と気づく。けれど、それが単にネガティブな諦めではなく、「別の人格だけど、そばにいてほしい」という感情へと至ります。そして最後には、そこからまた離れていく。私たちが経験する「子離れ」のようなプロセスを短期間で経験する、ある種の寓話的な物語なんです。

この短期間で起こる彼女の繊細な感情の変化は、丁寧に描かないと物語の筋に役が振り回されてしまいます。だからこそ、高い表現力が必要でした。
彼女とは『海街diary』の後も、会うたびに「また何か一緒にやりましょう」と話し合ってきました。もし次をご一緒するなら、以前とは違うタイプの役を頼んでみたいなという思いがあって。実は今回、僕の中ではほぼ彼女を前提にして、「綾瀬はるかに何を演じてもらうか」というところから書き始めているんですよ。

──大悟(千鳥)さんの起用には驚きました。監督は公開が決定した際、「大悟さんは、存在感があり、歩き方が独特で、人間味があってすごくいい顔をされています」とコメントされていますが、彼の「独特の歩き方」や「いい顔」は、健介というキャラクターにどう作用したのでしょうか。
芸人さんの中には、時々とんでもなくセンスのいいお芝居をされる方がいます。大悟さんも「たぶんできるだろうな」とバラエティ番組を見ていて直感しました。
実際に撮ってみたら、とにかく「歩き方」が絵になるんですよ。北野武さんのように、ただ歩いているだけでずっと見ていられる。これは演技力とはまた別の次元の魅力です。たとえば踏切で、先に行く(ヒューマノイドの)翔の後ろを歩いてついていくシーン。あのただ歩いている背中は、いくらでも見ていられるなと思いました。そんな人はなかなかいないんです。
あと、しゃがんだり走ったりする所作もとても良くて。そこだけは本人に直接褒めました。
──お芝居そのものではなく、所作を褒めたのですか。
お芝居そのものを褒めてしまうと、本人が意識しすぎてしまうと思ったんです。
本番が終わるたびに、スタッフみんなが溜息をつくほど大悟さんのことを好きになっていたし、お芝居も本当に素晴らしかった。
けれど、あまり褒めて意識されるのも嫌だったので、あえてお芝居には触れず「今のしゃがみ方、良かったですね」とだけ伝えるようにしていました。
──大悟さんに対して、子役に行うような「台本を渡さず口頭でセリフを伝える」手法を用いたと伺いました。実際はどうだったのでしょうか。
いえ、大悟さんにも事前にプロフィールと脚本を渡していましたし、子役の最終オーディションには来ていただきました。桒木里夢くんを含む4人の子供たちと劇中の「お風呂場のシーン」を30秒ほど演じてもらったのです。僕があのシーンを大好きだったこともありますが…(笑)。
現場でも、本読みをしっかり行い、リハーサルをやり、テストを重ねてから本番に挑んでいます。ですので、台本を渡さずに自由に任せる、いわゆるフリートークのような形はまったく取っていません。基本的には、ほぼすべて台本に書かれたセリフに基づいて進めています。

“人間ではない瞬間”をどう生むか──桒木里夢を選んだ理由
──翔役の桒木里夢さんは、200名以上のオーディションから選ばれました。彼を選んだ決め手はどんなところでしょうか。
人間ではない存在として大人の前に立つ。ヒューマノイドの翔にはそういう瞬間が必要だったんです。健介にとっても、どこか“そういう存在”として映る必要がある。単に可愛いだけでは成立しない役なんですよね。
造形的な部分も含めてですが、その“人間ではない何か”をふと感じさせる瞬間を表現できる子を選ぼうと、今回はいつもとは少し違う基準でオーディションを行いました。その中で、里夢くんに決めました。
実は、最初のオーディションの段階で自分の中には「この子だな」という直感はあったんです。ただ今回は、その直感だけで決めきるのが少し怖くて。何度かオーディションを重ねて、大悟さんにも会ってもらい、最終的に確信を持って選びました。
一般的に、女の子は最初に受けた印象が大きく変わらないことが多いのですが、男の子は日によって出来不出来の差が大きいんです。そこが面白いところでもあるんですが、だからこそ一度きりのオーディションで決めてしまうと判断を誤る可能性もある。今回はそうした点も踏まえて、繰り返し見極めていきました。

──最初の段階では子どもの性別を決めておらず、キャスティングの結果として息子になったのでしょうか。
いえ、最初から息子という設定でした。“電車が好きな子”として考えていたので、「電車好き=息子」というイメージが自分の中にあったんです。娘で考えたことは、特にありませんでしたね。
──ヒューマノイドの“身体性”をどう表現するか、桒木里夢さんとはどんなやり取りがありましたか。
もちろん造形的な部分も含めて、その要素は重要だと考えていましたし、具体的には「7秒だけ瞬きをしないで」とか「少し息を止めてみて」といった細かい指示も出していました。そうした工夫を重ねながら、「こう撮れば成立する」という手応えを探っていった感じです。
今回、人間らしさが強すぎると難しいと考えていたので、なるべく“人間っぽくなりすぎない”ことも大事にしていました。この年代の男の子は、どうしてもじっとしていられず動いてしまうことが多いのですが、その中で、しっかりと静止して立っていられる子を選んでいます。
また、「契約を終了しますか」といったセリフを、子どもっぽさを排して、機械のように言えることも重要でした。そういう瞬間をきちんと成立させられるのは、理解力の高さでもありますし、語尾のニュアンスまで含めて、とても勘のいい子だと感じました。
単独で見れば人間に見える存在でも、普通の子どもたちと並んだときには、明らかに人間とは違うものとして見えなければならない。今回はその見え方まで含めて、キャスティングしています。

