元カノのセリフも作品に。作家・吉田恵輔が貫く「人生の切り売り」という流儀
──本作は監督ご自身の地元での実体験や記憶が重なり合うと語っていらっしゃいますが、なぜ「今」、ご自身のルーツに向き合う作品を撮ろうと思われたのでしょうか。
基本的に作家というのは、自分の経験や身の回りのものを切り売りして描いていくものだと思っています。僕はこれまで、元カノに言われたセリフをすべて劇中のセリフとして登場させてきたくらい、自分の人生を切り売りして作品にしてきました(笑)。
たとえば、ボクシング映画の『BLUE/ブルー』は僕が30年以上ボクシングを続けてきた中での出会いや経験がベースになっていますし、他にも親の話など、いろいろな角度から自分の人生を投影してきました。そんな中で、ふと「中学校時代の経験はまだあまり描いていないな」と気づいたんです。それで、今回は自分のルーツであるそのあたりの記憶を掘り下げてみようかなと。
実は先週、30年ぶりに中学校の同窓会があったんです。そこでこの映画の話をしたら、同級生たちはみんな爆笑していましたね。劇中に雨漏りするシーンが出てくるんですが、それについても「あぁ、あったね!」みたいな感じで大ウケでした。

──中学校の水道の蛇口をすべて上に向けて放水されてしまい、学校中が水浸しになっているシーンがありましたが、あれはリアルに起きたことなのですね。
僕自身がやったわけじゃないですよ(笑)。でも、実際に学校内で起きた事件です。しかも、現実はこの映画よりもっと酷かった。
僕の中学校の文化祭の当日にそれが起きたんです。夜中のうちに仕掛けられていて、当日みんなが登校したら、段ボールとかで作ったお城みたいな出し物が全部べちゃべちゃに潰れていて。もう発表どころじゃなくなっちゃった。
だから僕、中1の時の初めての文化祭は「片付けをする日」だと思ってたんです。出し物をする日じゃなくて、全員ジャージ姿で一日中掃除をするのが文化祭なんだ、と。他の中学校ではちゃんと文化祭が開催されているのか、本気で仲間と話し合っていましたね。「やっぱりテロは起きるよね」なんて言いながら。
今作にはそういうリアルな話がいっぱい入っているので、地元の中学のやつらが観たら爆笑するはずです。劇中に出る名前なんかもそうで、ここでは詳しく言えませんが、作品に登場する、ある先輩の名前は、うちの地元ではその名前が出ただけで全員が大爆笑するくらい、「ヤバい先輩」の代名詞なんです。

──ご自身の過去を作品にするうえで、距離の取り方について意識したことはありますか。
今回はどちらかというと「西」の目線に立っていました。これまでの作品、例えば『空白』の添田などは、感情を爆発させてその勢いのまま突き進む主人公を描いてきたんです。
でも今回は、感情が爆発している人たちを「なだめる側」である西を主役に置いています。だから、今の僕の目線で、過去の自分や周りの荒れていた人たちに対して「どう向き合えばいいか」を考えるような感覚でした。
そういった意味では、かなり客観的に書いていましたね。今の自分という視点から、過去を覗き見しているような感覚で筆を進めていたのかもしれません。
「なだめる側」の西を主役に据えて客観的な視点から覗き見た過去の自分
── 一ノ瀬ワタルさんが演じた西健吾には「団地のおっちゃん」というモデルがいるそうですね。
団地のおっちゃんは西のキャラクターそのものにも反映されていますが、一番は「目線」ですね。当時の自分はバカな悪ガキだったので、「大人はみんな敵だ」という根拠のない反抗心を抱えていました。でもそのおっちゃんに対してだけは、「この人の話なら聞きたいな」と思えたんです。
上から目線で説教するのではなく、同じ目線で向き合ってくれる。「やっと話がわかる大人がいた」と感じさせてくれた人でした。
そのおっちゃん、服を脱いだら拳銃で撃たれた痕が2ヵ所あったんですよ。お風呂場で見たとき、刺青が入っている上に、さらにその痕があって。映画では画的なわかりやすさを優先して「切り傷」にしていますが、実体験としては衝撃的でしたね。「撃たれたら痛いんですか?」と聞いたら、「痛いと思うだろう? 熱いんだよ」と言っていたのが忘れられません。
──では、西がお風呂で背中を見せるシーンは、そのおっちゃんとの実体験が反映されているのですね。他にも反映されたエピソードはありましたか。
そうですね。ただ、そのおっちゃんとの思い出は映画には反映できないようなことばかりだったので(笑)、具体的なエピソードというよりは「感覚」を投影した部分が大きいです。
たとえば、おっちゃんと一緒にハイエースのような車に乗ってどこかへ遊びに行った時の記憶ですね。今作でも、西と海斗が木工道具を積んだ軽トラで移動するシーンがありますが、あの車内でなんとなく会話が成立しているような、独特の空気感。あの瞬間だけは二人の間に何かが通じ合っているような、そんな感覚的なイメージは、当時の僕とおっちゃんとの関係性を反映させているかもしれません。

──西という人物を「メンターであり、同時に問題を抱える当事者」として描かれています。西というキャラクターを構築する上で、意識したことはありますか。
それについては、僕自身も同じく、問題を抱える当事者なんだろうな、という感覚があります。おそらく、僕のことを恨んでいる人も世の中にはいっぱいいるんじゃないかと思うんですよ。
若い頃にいろいろあったとしても、こっちは「もう時間が経ったし、お互い大人なんだから今さら過去のことなんて……」と思っている。でも、それはあくまで「やった側」の勝手な言い分に過ぎないんですよね。相手が今どう思っているかなんて、わからないわけですから。
僕自身、若い頃は散々いろんなことをされたし、してしまったこともあります。ただ、僕は人からされた嫌なことは結構忘れちゃうタイプなんです。だから、自分がやってしまったことも「忘れていい」という感覚にどこかでなっていたのかもしれない。でも、当然、忘れられない人もいるはずで。
特に僕の場合、こうして映画監督として取材を受けたり、世に出る仕事をしていますよね。僕の姿をメディアで見るたびに、激しく腹を立てている奴がいるんじゃないか……。そんなふうに考えることがたまにあります。

