俳優とともに育てた“朝子”と“紗月”というキャラクター
──朝子役はオーディションで早瀬憩さんを抜擢されたそうですね。オーディションで決め手になったのはどんなところだったのでしょうか。
僕は、映画の中の世界になじむ人が好きなんです。
早瀬さんは、とても端正で美しい方なんですが、同時に「どこにでもいる」と感じられるような自然さも持っていました。それに、オーディションに向き合う姿勢も素晴らしかったですね。この役を何とか自分のものにしたいという気持ちがすごく伝わってきました。
オーディションは二段階で行ったのですが、一度人数を絞って、もう一度台本を読んでもらいました。その中でも、朝子という難しい役に真摯に向き合い、自分なりにアプローチしていることがよく分かったんです。「この人なら、この先も一緒に話し合いながら朝子という人物を作っていける」。そう思えたので、彼女にお願いしました。
──朝の忙しい時間でも牛乳をコップに注いで飲んでいた朝子が、あるときパックのまま飲む場面があり、そのときの切ない表情がとても印象的でした。あのシーンは、どのような演出をされたのでしょうか。
あのシーンは、脚本を書いている段階からずっと考えていました。本当は朝子こそ、ずっと一人で泣きたかったんですよね。でも、泣けない。だからといって、おばあちゃんの骨壺を見て「おばあちゃん」と泣き崩れるような描き方は、僕はしたくなかったんです。
人って、自分でも思いがけないような瞬間に、ふっと感情が崩れてしまうことがあります。その“引き金”として、牛乳のシーンはとても面白いと思っていて、脚本の段階から大切にしていました。
早瀬さんも、そのことをしっかり理解して演じてくださいました。あそこで流れる涙は、本当は牛乳のことを悲しんでいるわけではなく、それ以上の大きな悲しみがあふれ出した涙なんだということを、きちんと受け止めて演じてくれたと思います。
あのシーンも、何度かテイクを重ねましたね。「もう一回できる?」と聞くと、「できます」と言ってくれて、何回も撮り直した記憶があります。

──撮影を通じて、早瀬さんが壁を超えたと感じた瞬間はありましたか。
それはやはり面会室のシーンですね。最初は警戒していて、憎むべき相手だったはずなのに、少しずつ心を開いていく。その変化を表現するのは難しいだろうと思っていました。
でも、最後の表情を見たときに、とてもいいなと思いました。朝子は愛を求めていて、「もしかしたら、この人が私に愛をくれる人なのかもしれない」と信じ始めている。その表情は、演出だけでは出せないものだと思うんです。自分自身が朝子という人物を理解して、きちんと芝居として落とし込まなければ、あの表情にはならないと思っていました。
撮影を通じて早瀬さんが朝子という役を理解し、自分の中に取り込んでいった。その結果、ちゃんと朝子として存在しているなと感じながら見ていました。

──幼少期の朝子を演じた倉田瑛茉(くらた えま)さんとは、かなり芝居の練習をされたとのことですが、どのようにあの芝居を引き出されたのでしょうか。
5歳の場合は、演技をさせるというよりも、その子が持っている可愛らしさをどう表現するかが大事だと、いつも思っています。
もちろんセリフは言ってもらわなければいけませんが、それだけではなく、瑛茉ちゃん自身が持っている良さをちゃんと出していきたいと思いました。
本当に何回リハーサルをしたんだろうというくらい来てもらって、毎回3時間ほどずっと練習しました。自然に言葉が出てくるようにすることに加えて、彼女らしさがちゃんと出る状態にしてから現場に入った、という感じですね。
坂口さんは撮影直前まで韓国でお仕事をされていたので、撮影前に関係性を作っておくことはできなかったのですが、現場では坂口さんが積極的に瑛茉ちゃんと遊んで、距離を縮めてくれたので、瑛茉ちゃんもやりやすかったのではないかと思います。
幼い朝子と夕平が少しずつ関係を縮めていったように、撮影を通じて少しずつ仲良くなっていく。撮影中で自然に生まれた変化は、朝子と夕平の関係とリンクしていたと思います。

──堀田真由さん演じる紗月は、一歩間違えると単なる身勝手な人物に見えかねない繊細な役柄です。堀田さんのどのような“人間味”や“普通さ”が、紗月という役に魅力を与えたと感じますか。
堀田さんが演じた紗月が、一番難しい役だったと思います。一歩間違えれば、ただの嫌な人に見えてしまう可能性がある役ですから。でも、根底にあるのはそういうことではない。「紗月は一生懸命幸せになろうとしている人で、そこが観客に伝われば、決して嫌な人にはならない」と思っていました。
実際、最初は堀田さん自身も「嫌な人に見えてしまうのではないか」とすごく心配されていました。撮影2日目だったと思いますが、初日の芝居を終え、とても不安そうな様子だったので、「一生懸命、幸せになろうとしている人を嫌いになる人はいないと思います。ずるさではなく、ちゃんと自分も幸せになりたい、この子を娘として幸せにしたいと思っているお母さんとして演じれば、嫌な印象にはならないから」と伝えました。それで堀田さんも理解してくれて、そこからうまくいったように感じています。
紗月の人物像には、ほんの小さなすれ違いが積み重なっていると思います。例えば、紗月自身は未来を見て、幸せになりたいと思っているので、仕事のことや正社員になることについて尋ねる。しかし夕平は今、ここにある幸せを深く考えているので、「別にそこには興味がない」というような反応をする。そうしているうちに、少しずつ紗月が思い描く理想とは離れていく。一生懸命なのに、少しずつ噛み合わなくなってしまうという感覚を大切にしました。

