「最高到達点」と評される原作に挑む
──同名の原作小説は東野圭吾さんが「今後の目標はこの作品を超えること」と語ったほどの小説です。この“最高到達点”とも評される大作の映像化にあたり、監督、脚本のオファーを受けた時はどのようなお気持ちでしたか。
向井康介氏(以下、向井):今回、初めて東野さんの原作を手がけることになりました。実は不勉強で、これまで東野作品をそれほど読んできたわけではなかったんです。
でも『白鳥とコウモリ』を読んで、ミステリーとして非常に骨太ですし、五代という刑事が登場して物語が大きく展開していく構成には、「砂の器」のようなスケールの大きさも感じました。横溝正史などが好きなこともあって、とても読み応えがありましたし、「東野さんはこういう作品を書かれるんだ」と改めて認識したのです。
一方で、脚本家として真っ先に考えたのは、「これをどうやって一本の映画にするんだろう」ということでした。上下巻の物語を2時間ほどの映画に収めるには、かなり大胆な整理が必要になるだろうと。プロデューサーの新垣さんとも、「ぜひ挑戦したい」という気持ちと同時に、「本当にできるんだろうか」という不安を話していたのを覚えています。
岸善幸監督(以下、監督):私は最終的に17稿まで重ねられた脚本のうち、12稿の段階から参加しました。
東野さんの原作を映画化すること自体、やはりプレッシャーはありました。ベストセラー作家ですから読者が非常に多く、それぞれの読者の中に「白鳥とコウモリ」という作品がある。その上下巻の物語を一本の映画として届ける難しさを強く感じました。
ただ、12稿を読ませてもらった時、和真と美令の二人にしっかり焦点を当てた脚本になっていて、「ここまで大胆に再構成するんだ」と驚いたんです。同時に、「このアプローチなら映画として成立するかもしれない」という可能性も感じました。確信とまでは言えませんが、「面白い映画になりそうだ」と素直に思えたことを覚えています。

和真と美令の物語を軸に、上下巻を一本の映画へ
──上下巻にわたる壮大な物語を映画の尺に落とし込むためには、多くのエピソードを取捨選択する必要があったと思います。何を軸に残していこうと考えられたのでしょうか。
向井:原作を読んだ時、一番強く心を動かされたのが和真と美令の物語でした。容疑者の息子と被害者の娘という立場にありながら、事件の真相を追うなかで少しずつ互いを理解し、新しい一歩を踏み出していく。その関係性こそ、この映画の中心に据えるべきだと思ったんです。
同じ目的に向かって協力し合うなかで、お互いの価値観や人生が少しずつ変わっていく物語。その軸だけは絶対に外せない。だからこそ、「何を残すか」よりも、「その物語を描くために何を削るか」という発想でした。和真と美令のドラマをしっかり描くために、どこを割愛するか。その見極めを繰り返しながら脚本を作っていきました。

──脚本づくりでは、東野圭吾さんからもさまざまなアドバイスがあったそうですね。
向井:特に印象に残っているのは、警察組織の描き方についてでした。東野さんから「これまでの作品にあるような、少しデフォルメされた警察組織ではなく、令和の時代に即したリアリティを意識してほしい」と言われたんです。五代も組織の一員であり、一人の刑事である前に一人の社会人です。組織だからこそできることもあれば、組織だからこそできないこともある。そういう現実の中で生きている人物として描いてほしい、と。
その考え方には私自身も強く共感しましたし、原作でも丁寧に描かれている部分だったので、できる限り尊重しようと思いました。
また、東野さんサイドとは、新垣プロデューサーと編集者を介して、とはミステリーとしての見せ方についても何度もやり取りをしました。「もう少しミスリードを効かせたいから、このセリフは残してほしい」といった具体的なご意見をいただくこともありました。トリックや伏線の機能は東野作品の大きな魅力ですから、その部分はできるだけ損なわないように意識していました。
