松たか子だから生まれた、寄子という人物の奥行き
──主演の松たか子さんとは今回が初タッグとなりますが、松さんを寄子役に起用した決め手は何でしたか。
寄子という人物は、地方で暮らし、結婚せずに一人で生活している女性です。もちろん昔に比べれば状況は変わってきていると思いますが、日本には今も家父長制的な価値観が残っていますし、特に地方においては結婚が求められやすい状況もあるでしょう。そうした環境の中で、独身で一人暮らしを続ける女性は、ややもすると目立つ存在になりやすい。場合によっては、ネガティブな偏見や、好奇の目を向けられることもあるかもしれません。
寄子は、そうした土地で自身の生き方を貫いている女性ですが、だからといって、悲壮感をまとった人物にはしたくありませんでした。一人でいることを負い目のように感じていたり、何か影を背負って生きているようなキャラクターにはしたくなかったんです。
そう考えた時に、松さんが持っている飄々とした佇まいや、自然体で自立した雰囲気が、寄子という人物を形作る上で大きな力になるのではないかと感じました。そこで、プロデューサーとも相談しながら、オファーをすることになりました。

──松さんとの映画づくりは毎日が非常に刺激的だったそうですね。どのようなところが刺激的だったのか、何かエピソードがありましたらお聞かせください。
俳優という仕事は本当に難しいものだと思っています。
俳優にとって一番難しく、それでいて最も大切なのは、一瞬一瞬を生きた存在としてカメラの前に立つことだと思います。当然ですが、俳優は脚本をすべて読んでいますし、この先に何が起こるのか、自分が何を話すのか、相手が何を話すのかも全部知っています。それでも、あたかもその言葉を初めて口にするかのような新鮮さを失わずに演じなければならない。それは本当に難しいことです。
ベテランの俳優でも、経験があるからこそ手癖で演じてしまうことはあります。でも、松さんはあれだけのキャリアを積まれているにもかかわらず、毎回とても新鮮な状態で芝居をされる方でした。松さんご自身がどこまで意識されているのかは分かりませんが、撮影を重ねる中で、お芝居が少しずつ変化していくんですね。それも、「ここでアドリブを入れよう」というような作為的な変化ではなく、石橋さんをはじめとする共演者とのコミュニケーションの中で、自然に生まれてくる変化なんです。その演技の新鮮さには、毎日刺激を受けていました。
──松さんの寄子が“脚本を超えていく瞬間”はありましたか。
いろいろあるのですが、特に印象に残っているのは、寄子と石橋静河さん演じる友梨がアトリエで会話をする場面です。寄子が、自分は女だから家のお墓には入れないと言われたことがある、というエピソードを語るシーンがあります。
家父長制にもつながる決して軽い話ではありませんが、松さんはそのエピソードをとても自然に話されているんです。深刻な出来事だからといって、その重さをことさらに強調するのではなく、寄子にとってはそれが当たり前の日常として積み重なってきた出来事だったことが伝わってくる。その肩の力の抜けたお芝居が本当に素晴らしかったと思います。
一方で、後半、幼なじみの好浩の息子である春樹と、その友人・圭太という二人の中学生と向き合う場面では、まったく違う表情を見せてくれました。彼らと接することで、寄子の中にこれまで経験してきた別れや、諦めざるを得なかったさまざまな記憶が静かによみがえってくる。その過去と現在がつながるような表情がとても印象的でした。
日常の中にある軽やかさと、過去を背負った人物の深み。その両方を一人の人物として自然に演じてくださったことが、とてもありがたかったですね。
