俳優と人物が重なり合い、キャラクターは生き始める
──友梨を演じた石橋静河さんは、「松さんと対照的で、抑制の効いたお芝居をされる方。劇団青年団の俳優の方々の演技の在り方にも近く、安心して言葉を委ねられた」とおっしゃっていましたが、石橋さんの“抑制された演技”は、友梨という人物にどのような深みを与えましたか。
これは石橋さんご本人の演技に対する姿勢でもあるのだと思いますが、とても日常に近い佇まいを自然に表現してくださる方なんです。演じていることを感じさせず、私たちが普段目にしている人間の振る舞いを、そのまま丁寧に立ち上げてくださるような印象があります。そうしたお芝居は、都会で仕事をし、さまざまなプレッシャーを抱えながら奈義町へやって来る友梨という人物に、とてもよく合っていました。
一方で、奈義町で暮らす寄子は、一見すると不自由さを抱えているようにも見える環境の中で、とても伸びやかに生きています。その寄子を演じた松さんのお芝居と、石橋さんのお芝居が、とても美しい対比になったと思っています。

──寄子は家父長制という考え方が残る土地で暮らしながらも自由に生きています。一方の友梨は、選択肢こそ多いものの、不自由さを抱えています。松さんと石橋さん、それぞれの演技のアプローチの違いが、この対比構造にうまく重なっているように感じたのですが、いかがでしょうか。
そうですね。役に俳優がたまたまマッチしたのか、それとも俳優が役に合わせて下さったのか。その両方だと思います。
僕自身は、俳優に役をそのまま演じてほしいとはあまり思っていません。役と俳優本人が、ちょうど中間くらいのところで出会い混ざり合うのが理想だと考えています。今回は、そのバランスがとてもうまく取れていて、役と俳優それぞれの魅力が自然にブレンドされたと感じています。

──松山ケンイチさん演じる好浩には、「監督ご自身が投影されている部分もある」とのことですが、具体的にはどういったところが投影されているのでしょうか。逆に、「自分とは違う」と感じる部分はどこですか。
「自分とは違うのがどこか」となると自分で分析するのは難しいですね(笑)。登場人物はみんな、自分の一部を切り分けて作っているとも言えますし、逆に言えば全員が自分とは違う存在でもあります。確実に言えるのは、松山さんのようなイケメンではないということくらいでしょうか(笑)。
でも、好浩に共感する部分はあります。友梨との距離の取り方ですね。本心をなかなか表に出せず、少し遠巻きに相手を見てしまうところは、自分でも「分かるな」と思いながら書いていました。
実はこのキャラクターは、フランスで編集作業をしていた時に、現地のスタッフから「理解できない」とよく言われたんです。日本人男性の恋愛に対する向き合い方はフランス人には奇妙にも思えたようです。でも、そういうところも含めて、僕自身は好浩にすごく共感しています。
一方で、好浩は地方で生きることを受け入れ、その土地で暮らしていく覚悟を決めている人物です。もちろん彼は僕自身ではなく、奈義町で出会ったさまざまな人たちの姿を重ね合わせて生まれたキャラクターでもあります。
取材で出会ったある中学2年生の男子に将来の夢を聞いた時、「自分は長男だから、そんなに自由には生きられない」と話してくれたことがありました。その言葉には驚かされました。東京にいると、「今どき、どこででも自由に生きられる」と考えがちです。でも地方には、代々受け継いできた畑があり、それを簡単に手放すことはできません。耕すのをやめれば周囲の畑にも影響が及んでしまう。そうした土地との結び付きや責任を引き受けながら生きていくという感覚は、東京で育った自分とは大きく異なるものだと思います。
だからこそ、東京にいる人間が地方で暮らす人たちの人生や覚悟を、簡単に分かったつもりになってはいけない。そのことを、この作品を通して改めて実感しました。

