(文:稲田隆紀/デジタル編集:スクリーン編集部)
他人の脚本&歴史モノ
初めてづくしの最新作
自分の構築した世界でなくともオリジナリティが発揮できる手応えを感じたか。最新作の『女王陛下のお気に入り』では初めて他人の脚本に挑んだ。脚本を書いたのは、映画批評家、脚本家として活動するデボラ・デイヴィス。既に20年前にプロデューサーのセシ・デンプシーが権利を得たが、映画化までに時間がかかった。英国女王の寵愛を争うふたりの女性という題材が敬遠されたと思われる。
この企画はランティモスが監督を務めることでゴーサインが出た。脚本は監督にふさわしいエッジの利いたものにするために、オーストラリアの脚本家トニー・マクナマラが起用された。単なる宮廷絵巻に終わらない、イニシアティヴを競い合う現代的な女性たちのスリリングなドラマに仕上げた。
ランティモスにとっては、歴史に基づいたドラマを手掛けること自体がチャレンジだったが、18世紀初頭の宮廷を女性主導の“異世界”と捉えた。生々しい欲望と熱い感情が漲る世界に仕立て上げ、ブラックユーモアと辛辣さを浮かび上がらせた。他人の企画であっても、自らの“奇想”世界に引きこんだ力業である。自分以外の脚本のためか、幾分エッジの緩まったことで、分かり易くなり、観客を選ばなくなったことで保守的なアカデミー協会の眼鏡に適うことにもなった。
17人の子供を設けながらいずれも死なれた孤独なアン女王、彼女の寵愛を争うふたりの女官。まさに三人三様、長所も欠点も持ち合わせた彼女たちの戦いは、ランティモスの仮借ない語り口によって、ブラックな笑いを誘発しながら、それぞれにペーソスさえ滲ませる。
貧しい家の出身というランティモスにとって、特権階級の愚かしさを描くことに何の躊躇もない。権力争いに没頭する女性たちの前で、右往左往するばかりの男たちも滑稽に描き出してみせる。生々しい欲望に憑かれた人間たちをあからさまに描く、ランティモスの演出はみていて痛快さを感じさせる。
もちろん魅力は3人の女優の演技の素晴らしさ。アン女王に扮したオリヴィア・コールマンは『ロブスター』で起用され、演技の確かさはランティモスの認めるところ。女王の滑稽さと哀しみを滲ませ、無邪気さと非情さが混在するキャラクターをみごとに表現した。
同じく『ロブスター』に出演したレディ・サラ役のレイチェル・ワイズも的確な演技を披露し、アビゲイル役のエマ・ストーンは文字通り体当たりの熱演をみせている。3人の女優の持ち味を存分に引き出したランティモスの演出の勝利というべきだろう。
この作品の成功により、ランティモスの名は世界的に認知されるようになった。新作はノワール小説の匠ジム・トンプソンの「ポップ1280」の映画化を構想中とか。寓意性に富んだ“奇想”の映画監督、いつまでも尖った部分を持ち続けていてもらいたいものだ。