映画で演劇に迫るスタンスも
── ロメール監督は舞台の演出もされたりして、今回の『偶然と想像』は、どこか演劇を観ているような感覚もあるのですが、演劇は映像とは違い、場面転換は出来ても、実際の移動は出来ないわけで、そんな演劇で出来ないことに映画で挑戦するみたいな、映画で越えるみたいな想いが、濱口監督の中にあったりはしないのかなとか、勝手に想像を巡らしたのですが。
そういうことを考えてはいないですね。演劇を題材として取り扱ったりしますが、演劇を越えようとするほど、その世界に詳しいわけではないし。
ただ、稽古を重ねることで、演劇に近づいていると言えるかもしれないです。テイクを繰り返すのは、演劇や芝居の何回かの公演をしていることに等しいのかなと思えます。
── ああ、そういうことなんですね。
一日の短い時間の中で、何回も演じてもらうことは、俳優さんにとっては大変ですが、今回、普段から舞台で演じることが楽しいという俳優さんからは、今回のやり方が良かったという声もありました。
映画だとカメラを意識して演じなくてはならない、途中のシーンから演じなくてはならないということなど調整しなくてはならないところ、今回の現場は、演劇の感覚で楽しく演じられたと。相手役との相互反応みたいなものに集中しているうちに撮られていたと。ああ、それは良かったなと思いまして。
だから、言うなら、演劇を越えるというのではないですが、演劇に映画で迫ろうとしているということはあるんじゃないのかな。
── それは意図的なことですか、それとも結果的なことで?
もちろん、演劇をゴールにするつもりはありません。が、映画の演技も、演劇の演技から学ぶところは大きいと思います。映画と演劇は「不倶戴天の敵」と思われているようなところもある。自分もかつてはそう思っていましたが、あるときにそれは「雑な」認識であったと気づいた。いまは映画と演劇の演技が重なるところはあると思っています。
── 素晴らしいお考えだと思います。
継続させたい短編、「偶然」は生涯のテーマに
先日、(今年の東京国際映画祭で、審査委員長をした)フランスの女優イザベル・ユペールさんと(同映画祭イベント「国際交流ラウンジ」で)対談しまして、彼女が言うには、映画も舞台も演じ方を区別したことはないと。ユペールさんだからなのかなと思えることもありますが、ある境地に達すれば、区別はいらないのではと思えます。
僕も、そういう演技を撮っていこうと思えました。そうすれば最良の演技が撮れるということなんです。
── 興味深いお話しですね。ところで、監督は本作を皮きりに、こういった作品をライフワークにもなさっていくと、おっしゃっておられますが、「短編」をですか、それとも「偶然」というテーマをですか?
偶然というものは、誰にとっても人生に当たり前にあるし、奇跡が起きるきっかでもあったり、悲劇の火種にもなりますから。
ライフワークにしたいと思っているのは、今回の様な短編制作を続けていくということです。今回のシリーズに関しては、40代に何度か試みていきたいと。
ただ、おっしゃるとおり、偶然というテーマは、映画を作っていく行くうえで生涯のテーマになると思っています。
芸術性と商業性の、バランスが良い映画づくり
── 最後になりますが、監督のどなたも悩んだり、揺れ動かされることではないかと思えるのが、映画作品の「芸術性」と「商業性」についてです。
国際的映画祭などでは商業性より、芸術性を貴ぶところがあり、とは言え興行的なことになると芸術性が邪魔になることもあるしという……。
はい。自分のこだわりを優先させるのか、観客にわかりやすくすべきなのか悩ましいという現実がありますね。人の言葉を借りることになるのですが、(東京藝術大学大学院時代の)師でもある黒沢清監督に、監督はどうしてますか?と問うたことがあるんです。そうしたら、「圧倒的な正しい答えは、作家というものと商業映画の間にある」というお答えをいただきました(笑)。だから、「大いに悩みたまえ」ということだと思うんですが。
── さすがのお言葉ですね。
ですので、自分のこだわりだけで作ったものが、観客にとって全くわからないものであったら、その映画は、いかほどのものなのかということにもなります。だからといって、観客が理解しやすいことを優先して作ろうというわけにもいきませんし、そこのバランスが大事です。そのバランスを取りやすい環境や人いうことも必要ですし、そんなこともいつも考えて、映画を作らなくてはならないと思っています。
── でも、かつてはわかりにくい映画、シュールな映画、例えば、アラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』(1961)を名作というみたいな観方もあって、そういう映画を高く評価して、観る側が歩み寄って観るということもあります。悩まずお作りになって良いのじゃないでしょうか(笑)。期待しております。
ハハハ、僕ももちろん、『去年マリエンバードで』は大好きです。ただ自分がそれをやれるかというと資質の問題もありますし、まあ、何より、そのバランスがとれている映画は素晴らしいですから。ロメール、シャブロル、源流はヒッチコック、というように、そういう映画を目指したいと思っているのです。
(インタビューを終えて)
黒沢清監督の薫陶を得て、また、ロメールの生き方や作品から、めざす映画は、「観た人が映画を好きになるような映画」であるという、素敵なスタンスを言葉に残した濱口竜介監督。映画作ることを楽しみ、同時に観ることも楽しんでいる人だとわかった。
フランス映画の奥は深く、筆者にとっても、まだまだ観るべき作品があることを、このインタビューで教えていただいた想いだ。いつも以上に、対談めいたインタビューとなったが、最後に「楽しかったです」という監督からのご発言も嬉しく、心に響いた。
思う以上に、フランス映画について深めることが出来、こちらこそ楽しい時間を頂けて感謝の気持ちに満たされた。
『偶然と想像』にも、自身のこだわりと、観る側への思いやりのバランス感覚が、軽妙洒脱に活かされていると思う。
『偶然と想像』
2021年12月17日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー!
監督/脚本/濱口竜介
出演/古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉ほか
配給/Incline
2021年/121分/日本/カラー
©2021 NEOPA / fictive
公式サイト/https://guzen-sozo.incline.life/