日常のささやかな幸せの気づきのきっかけに
──湯道の家元が「どれだけ小さな幸せに気づけるか。それこそが人生の豊かさ。湯道はそのために存在している」と説きましたが、これは小山さんが常日頃、考えていらっしゃることなのでしょうか。
小山:私が常々人生の中で説いていることです。
鈴木:さすが家元! 感服いたしました(笑)。映画を撮るときに何か真理や理念みたいなものがあると説得力になる。今回はまさにこの言葉でした。捻り出したというよりも根本的にあったものという感じがします。
──小山さん、監督のこれまでの人生の一湯はどちらでしょうか。
小山:一湯ですか…。実は2つありまして、1つは沖縄市にある中乃湯という銭湯です。90歳を超えるおばあが1人でやっているのですが、沖縄県にはここしか銭湯がないのです。銭湯組合の会合で那覇市まで行っても組合員はおばあ1人だけと聞いたことがあります。いつもおばあは暖簾の前のベンチに座っていて、お客さんは料金を渡して、中に入る。そのうちに近所の人が三線を持ってきて弾き始めると、それに合わせておばあが唄う。そこに唄いながら他のお客さんがやってくる。そのまま映画を撮れるような雰囲気なのです。脱衣所と湯舟の間には仕切りがなく、窓が全部開け放たれているので、沖縄の風が抜けていくのが心地いい。おばあに会うためだけに沖縄に行きたいと思うくらい、いい湯です。
もう1つが鹿児島空港から15分くらい行った竹林の中にある竹林の湯というところ。自然に湧いている温泉で24時間管理者なし。タダで入れます。50度くらいの湯が湧き出ていて、岩を伝って段々冷めていき、下に窪みが2つあって、ここまで落ちてくると最初の窪みは43度、次の窪みは41度くらいになっています。その下には川が流れていて、湯に浸かった後に川へ飛び込むと水風呂のよう。本当に自然の中で湯の恵みをいただいている感じがします。
鈴木:一湯は思いつきませんが、お風呂といえば、木製の楕円形のお風呂に鼻のあたりまで浸かっている親父の顔を思い出します。僕は親父を6歳くらいで亡くしていまして、一緒にお風呂に入った記憶しかないのです。今考えれば、親父は髭を剃りやすくするために鼻まで浸かっていたのでしょうけれど、幼い僕にはわからなくて、「大人って鼻までお風呂に入るんだ」と思っていました。
──これからご覧になる方にひとことお願いいたします。
小山:人って日常の生活の中にある小さな幸せに気づけるか、気づけないかだと思うのです。この作品が日常のささやかな幸せの気づきのきっかけになればいいなと思っています。
鈴木:映画には、別の星に行ってみたり、昔に戻ったりというすごく大きなことを取り上げるものもありますが、この作品はすごく小さなことを取り上げています。しかし大事なことが詰まっている。小さいけれども大きな意味を捉えて撮っていると感じていただけたらと思っています。
小山薫堂
放送作家。脚本家。京都芸術大学副学長。一般社団法人 湯道文化振興会代表理事。1964年熊本県天草市生まれ。
テレビ番組「料理の鉄人」の構成を手掛け、食の雑誌「dancyu」で連載を始めたことがきっかけで、食関連のプロジェクトに関わるようになる。次世代の若手料理人を発掘するコンペティション「RED U-35」の総合プロデューサーを務め、2025年の日本国際博覧会では食のテーマ事業プロデューサーに就任。
これまでの主な作品は、『おくりびと』(脚本)、「Stand Alone」(作詞)、「くまモン」(プロデュース)など。
鈴木雅之
1958年生まれ、東京都出身。1979年に日活芸術学院卒業後、共同テレビジョンを経て、1994年にフジテレビジョン入社。
『白鳥麗子でございます!』、『29歳のクリスマス』、『王様のレストラン』、『世界で一番パパが好き』、『ショムニ』『HERO』などのドラマや『GTO』、『HERO』、『プリンセス・トヨトミ』、『マスカレード・ホテル』などの映画を監督。
編成局第一制作室長を務めた後、現在は第一制作室役員待遇エグゼクティブディレクター。
映画『湯道』2月23日全国東宝系にてロードショー
【STORY】
亡き父が遺した実家の銭湯「まるきん温泉」に突然戻ってきた建築家の三浦史朗(生田斗真)。帰省の理由は店を切り盛りする弟の悟朗(濱田岳)に、古びた銭湯を畳んでマンションに建て替えることを伝えるためだった。実家を飛び出し都会で自由気ままに生きる史朗に反発し、冷たい態度をとる悟朗。
一方、「入浴、お風呂について深く顧みる」という「湯道」に魅せられた定年間近の郵便局員・横山(小日向文世)は、日々、湯道会館で家元から湯を学び、定年後は退職金で「家のお風呂を檜風呂にする」という夢を抱いているが、家族には言い出せずにいた。
そんなある日、ボイラー室でボヤ騒ぎが起き、巻き込まれた悟朗が入院することに。銭湯で働いているいづみ(橋本環奈)の助言もあり、史朗は弟の代わりに仕方なく「まるきん温泉」の店主として数日間を過ごす。
いつもと変わらず暖簾をくぐる常連客、夫婦や親子。分け隔てなく一人一人に訪れる笑いと幸せのドラマ。そこには自宅のお風呂が工事中の横山の姿も。不慣れながらも湯を沸かし、そこで様々な人間模様を目の当たりにした史朗の中で徐々に凝り固まった何かが解されていくのであった・・・・・・。
『湯道』
2月23日全国東宝系にてロードショー
企画・脚本:小山薫堂(『おくりびと』)
監督:鈴木雅之(『HERO』シリーズ、『マスカレード』シリーズ)
音楽:佐藤直紀
出演:生田斗真、濱田岳、橋本環奈 ほか
配給:東宝
© 2023 映画「湯道」製作委員会
公式サイト:https://yudo-movie.jp/