周りからの見えない偏見を軸に描く
──プロデューサーの小笠原宏之さんからパリュスあや子さんが書かれた原作小説を勧められたとのことですが、お読みになっていかがでしたか。
すごく面白かったんですよ。第14回小説現代長編新人賞を受賞した作品で、惑星難民が地球にやってくるというところから入りますが、知らない人や隣の人に対して、無意識に偏見を持ってしまう話が描かれていました。
コロナを経験したことで、他人に対する距離感や社会から感じる同調圧力を感じた人は多いと思います。今の時代を象徴していると感じたので、これは何とか映画にしたいと思いました。
──小笠原さんは原作を勧めつつも、映画化は難しいとおっしゃったそうですね。
原作は45歳のコンビニと宝くじ売り場で働く柏木良子と26歳の新卒で派遣社員として大手企業に勤務する土留紗央、19歳のベトナムからの留学生グエン・チー・リエンの3人が主人公の群像劇ですが、日本では群像劇の映画化をビジネスサイドが好まないのが理由だと思います。洋画にはいくつも群像劇があり、僕はポール・ハギス監督の『クラッシュ』(2005)なんか、好きなのですが…。
──なぜ日本では群像劇の映画化が好まれないのでしょうか。
日本で群像劇でヒットした作品が中々ないのも理由ですが、映画は約2時間しか尺がないので、1人もしくは2人の主人公をしっかり掘り下げた物語を作り手側は提供すべきだ、と考えている製作陣が多いですね。観客側の視点でも、主人公が3人になってしまうと物足りなく感じてしまう難しさは、僕もいろんな作品を見ていて感じたことがあるのでわかります。
でもテーマが面白かったので、原作の生みの親であるパリュスあや子さんをリスペクトしつつ、マイナーチェンジして映画化できるのではないかと考えました。
──柏木良子と笹憲太郎の話を軸にして再構築されたのは、そういう理由があったのですね。
日本の30代半ばの女性は結婚や出産の問題などにおいて、周りからの見えない偏見でいろいろと苦しい思いをしています。それはこの作品のテーマ性と合いますし、そういうリアルな女性を描くことで作品がより魅力的になると思ったのです。原作の柏木良子と土留紗央にうまくインスパイアされながら、新たな柏木良子を作りました。
週刊誌記者の笹憲太郎も原作をできるだけ反映させました。ただ原作では2人が既に半同棲のような状態にいるところから始まりますが、映画では笹がX探しをする中で良子と初めて出会う。そこからの物語を考えて作って行きました。
──笹はさまざまな苦悩を抱えています。その1つが祖母の介護施設費用の負担でしたが、監督の前作『おもいで写眞』での経験が活かされているのでしょうか。
『おもいで写眞』で高齢者の物語を作った際、いろいろ勉強し、たくさんの高齢者の方に直接お会いして話を聞きましたから、少なからず影響はあったと思います。
日本はどんどん高齢化社会となっています。笹の抱える葛藤は今の日本では誰もが直面する問題で、ポピュラリティーがある。映画でしっかり描くことにしました。
──見えない偏見のほかにSF的要素、ラブストーリー、親子の絆などがバランスよく描かれていました。決定稿まで20回以上書き直し、脚本開発に2年かかったとのこと。苦労されたのはどの辺りでしょうか。
僕の中で軸となるテーマにブレはありませんでしたが、バランスにはすごく悩みました。いい企画なので関わりたいと言ってくださる方が結構いましたが、人によって魅力に感じる部分が違うので、“恋愛の比重を多くしたらどうか”など様々な意見が出ました。それらの意見に対し、試しに脚本を書いてみるアプローチを愚直にやってみて、やっぱりしっくりこないといった試行錯誤がありました。
それ以上に苦労したのが留学生のキャストでした。原作にはベトナムからの留学生が出てきますが、コロナ禍で日本にベトナム人がいなかったんです。そこで台湾からの留学生に変更しました。台湾の方はコロナ禍でも日本にいましたし、外見が日本人に近い。全く日本人と区別がつかない人もいる位なので、テーマに合っていると考えました。クランクインの3ヶ月くらい前に決まった事で、急遽オリジナルで設定を考え直し、脚本を書き直す作業は、時間がなかったので大変でした。