TIFF開催の前の7月には、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、11月には東京フィルメックスが開催され、いずれでも興味深い作品や素晴らしい映画監督や俳優たちとの出会いに恵まれた。
映画にとってのハレの場で得た多くの出会いは、貴重で幸せな時間である。
それらのインタビューを紹介していこう。
カンヌで始まった、監督という仕事を続けるということ
──改めまして、今年のカンヌ映画祭での最優秀賞監督賞受賞おめでとうございます。その映画祭で30年前に長編作品のデビューとなった『青いパパイヤの香り』がカメラドールに輝いていらっしゃいます。
この作品は日本でも大ヒットして、ミニシアター文化とビジネスに追い風を起こした作品の一つとなりました。監督にとっても特別な映画祭が、カンヌではないかと思うのですが、いかがでしょう。
そうですね、私が監督として誕生できたのは、カンヌ映画祭が最初の作品を認めてくださったからです。大事な映画祭です。しかも、『青いパパイヤの香り』というのは、フランス映画なのにベトナム語で作っていて、それに字幕がついていたんです。上映会場にはベトナム語が流れていたっていうことでも、すごく感動的だったことを憶えています。
──フランス製だけれど、ベトナム語!監督の面目躍如ですね。
カンヌ映画祭というのは世界の中でも、最も由緒ある映画祭と言ってもいいでしょう。そこのコンペティションに選ばれるということ自体が、とっても栄誉なことなんです。
しかも、あの雰囲気を、私自身がとっても愉しんでいるんですね。
言うなら、洗濯機の中に投げ込まれたような、もういろんなものが一緒になってそこで揉みあうみたいな、そんなイメージを持っています。その感覚を、時々体験したいと思わせる映画祭でもあるんですよ。
──刺激的で、パワフルであるということですね。そこでデビューして、多くの作品を作り、再び今年に監督賞を獲られたということは、監督を続けられてきたことの証しそのものではないでしょうか?
ああ、もう嬉しいというしかないですよ。だいたいからして、映画監督のそれ以外の仕事なんて、私は何もできませんからね(笑)。他の職業、持ってませんから。私の生活の糧はそれしかないんですから。陶芸もちょっとやってみようかと思っていて、少しやったりしてますが、それでは食べていけそうもないしね(笑)。
──ああ、それは素晴らしいご趣味ですね。
見て下さい。私の作った陶芸作品です。インスタグラムに載せていますから。
──わあー素敵ですね。やっぱり普通の陶芸作品とは違う!さすがに、すごく芸術的な作品を生み出されるんですね。
映画だと、なかなか手でこねるなんてことがないから、とてもいいことだと思っているんです(笑)。
料理を作ることと、映画づくりはよく似ている
──なるほど。こねると言えば、今回の『ポトフ』は料理を作るシーンの連続ですし、こねることに近い演技も必要だったのではないでしょうか。そして、『ポトフ』を拝見していますと、料理を作ることは、映画を作ることによく似ていると痛感させられましたが、その点はいかがでしょうか。
そうですね。本当に映画作りっていうのも料理と同じように様々な段階がありますからね。まず最初は耕すこと。大地を耕して、そしてそこに野菜を植える、あるいは動物を育てる。それが映画でいえば、脚本の執筆であったり、資金調達の時期ですから、そこはやっぱり耕す時期ですよね。
次に撮影現場、ここが収穫する時期になる。そして、ポスト・プロダクションが終わったら、ようやく作品になる。そういった意味では、おっしゃるとおり、料理作りと、よく似ているところがありますね。
──女料理人が主人公の一人ですが、その料理人が、ジュリエット・ビノシュさん。そして、もう一人の主人公、ガストロノミーの美食家役のブノワ・マジメルさん。脚本をお作りになりながら、主演女優と男優は絶対この二人だと決めていらしたのですか。元ご夫妻であったお二人の顔合わせについては、快く進んだのでしょうか。
私自身はシナリオを書き終えてから、じゃあ、これは誰が演じると良いかっていうことを考え始めます。それが、私の流儀なんです。
ジュリエットに関しては昔からよく知っていて、お互い約束しあってたんですね。いつか一緒に映画を撮ろうねと。まぁ、偶然ですけれども、エージェントも一緒。だから、彼女は私がこういう企画を温めているということも早くから察知していたようで、スケジュールをあけるとか、そういうふうな便宜も図ってくれていました。しかも、今回の女料理人のウージェニーという人物には、彼女はぴったりだと思えていました。
ブノワに関しては、合流したのは、ちょっと遅れてからでした。
で、そうは言っても、彼ら二人がプライベートでの過去があるから、ジュリエットも多分、受けてくれないんじゃないか、ブノワの方も多分無理かなと思いつつも、シナリオを読んでもらったところ、ブノワがすぐに快諾してくださって。結局、撮影の時も本当に二人はすごく和やかな雰囲気でしたね。
料理を作る情熱は、エロチックでもある
──そうでしたか。公私混同しないところが大人ですね。俳優としてのプロなんね。そのお二人だからこそ醸し出せるロマンチックな作品が完成したわけですね。フランス映画ならではの愛の物語が。
食文化になぞらえて沢山のガストロノミー・メニューも作るところから完成まで見届けられて、スペクタクル感があって迫力ですが、そこに静謐で、エレガントな男と女の愛が潜んでいる、大人のための映画だと思いました。
まさにその通りですね、やっぱり単に料理のことだけではなくて、人が人を愛するという、特に夫婦愛というものを今回は描きたかったんです。美食家の男と料理人の女、彼らが果たして夫婦になるかならないかというのは別にして、長く知っていて長く愛し合っているカップルの話なんです。
それを退屈にならないように、映像で表現するのはなかなか難しい。やっぱりそれぞれの人間の魂の美しさっていうものを描き出す必要があったわけですよね。決して簡単なことではないですけれど、魂の美しさがあるからこそ、長く愛し続けられるというそういう人物像にしたかったわけです。
──静かな愛なんですが、料理を作る時のような激しさもあり、さらにエロチックでもありました。
そうです。センシュアリティというのは、私がこの映画で描きたかったことです。エロチックであるところの、セクシャリティです。
同時に、食べるという行為。食べること自体がセンシュアリティですよね。
センシュアリティと言えば、僕は川端康成の『雪国』で素晴らしいフレーズを憶えています。とっても、センシュアルだなと思える言葉。それは、男が一度関係のあった若い女のもとにまた戻ってくるんですが、その時に、彼が彼女に言うんです。「僕のことを覚えているかい?」と聞くと「私の手があなたを覚えているわ」と言う。こういう表現に、とてもセンシュアルなものを感じますね。
ユン監督からは、限られた時間であったにもかかわらず、打てば響くようなセンスのある知的なお応えをいただき感銘を受けた。
『ポトフ』は、夫婦であることにこだわらず、長く愛し合っているカップルの愛の物語であると、インタビューで監督は言った。
そのとおり、本作の最後には監督の妻であり、映画制作にスタート時から、女優として、また本作ではアートディレクションと衣装美術担当として活躍した、長く監督と共に情熱を傾けるトラン・ヌー・イェン・ケーに捧げるという記述があり、心打たれた。
まさしく、一緒に情熱を傾けるカップルの話し、それを監督の妻へのプレゼントにするためにも、本作への情熱がただものではないことがわかったからだ。