コロナも落ち着いた今年の国際映画祭は、世界中からの参加者が急増したとのこと。東京国際映画祭2023(TIFF)の場合は、昨年の100人台から2000人台という驚異的な人数となったことが報じられた。上映作品の数や、イベントなども盛り沢山となり盛況を博した。
TIFF開催の前の7月には、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、11月には東京フィルメックスが開催され、いずれでも興味深い作品や素晴らしい映画監督や俳優たちとの出会いに恵まれた。
映画にとってのハレの場で得た多くの出会いは、貴重で幸せな時間である。
それらのインタビューを紹介していこう。

国内で上映が出来ない作品を国際映画祭で

画像: 『タイガー・ストライプス』

『タイガー・ストライプス』

くだんの、今年の東京フィルメックスでモーリー監督の姿を見かけた。コンペティション部門に選ばれたマレーシア作品『タイガー・ストライプス』(2023)の女性監督アマンダ・ネル・ユーの上映が終わった会場で、彼女に言葉をかけ激励してもいらした。すかさず、TIFFでのインタビューのお礼を伝えることが出来た。

ちなみに、『タイガー・ストライプス』は、カンヌ映画祭「批評家週刊」部門でグランプリに輝いた作品。会期中にぜひとも観たい作品であった。
イスラム教の戒律が厳しい女子学校で、少女期の誰もが惑う大人へと変化する心身の問題に触れる作品。初潮を汚れたものと捉える風潮が、登校拒否やいじめに繋がり、主人公の少女の心境をホラー仕立てで描いた、怪作にして快作である。
鑑賞した後、会場でユー監督に質問を投げかけた。
未だに女性の自由に制限があるマレーシアでは、実際にこのようなことも起きているのではないですか。映画を通じてぜひとも、こういう状況を世界中に伝えていってほしいですね、と。
監督は、こう答えて下さった。

画像: アマンダ・ネル・ユー監督

アマンダ・ネル・ユー監督

「映画はあくまでホラー仕立てですが、実際に性に対する概念が進んでいないことから起きる悲劇は少なくないです。女性の自由にも制約があります。
そして、このような映画も国内では上映できないことも多く、だからこそ国外の映画祭で上映をして欲しいのです」
そうだ、そうだった。
アジアの国々での国内の映画制作への制限が、まだまだあることを忘れてはならない。そのためにも、国際映画祭の重要性は、そういう点でも必要性が大いにある。そのことを再認識させられた。
映画に携わる当事者からのリアル・ヴォイスを聞かせていただけるのも、やはり映画祭あってのことだと痛感した。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭でのトルコ映画

Dシネマと、映画祭の名前に掲げたSKIPシティ映画祭。今やデジタルで映画を作ることには何の違和感もないが、映画祭発足の頃は、デジタル作品は映画とは認められないという声が少なくなかったという。
今年、20周年を迎えた本映画祭は、短編部門からデビューして大ヒット作品を生み出す才能も輩出、これからこそデジタル・シネマでさらなる才能が羽ばたくことの意欲を表明している。
今年は、SKIPシティアワードと国内コンペティション長編部門優秀作品賞をダブル受賞した松本佳樹監督『地球星人(エイリアン)は空想する』(2023)がTIFFで上映された。
私がインタビューしたのは賞こそ逃したものの、デジタル作品が当たり前の時代だからこそ、懐かしくも忘れてはならないアナログの時代の優しさや美しさにこだわった、ジュネイト・カラクシュ監督のトルコ映画『エフラートゥン』(2022)。国際コンペティション長編部門に選ばれた作品だ。

画像: 『エフラートゥン』 ©Karakuş Film

『エフラートゥン』
©Karakuş Film

35ミリフィルム撮影の映画を彷彿とさせるようなテイストを意識して作った画質や、セピア調や一部アニメーションも活かし、なかなかきめ細かな佳作である。
監督の公私にわたるパートナーで、本作のVFXスーパーバイザー、アニメーションを担当したヤームル・カールタル・カラクシュの優しいお人柄に惹かれ、今の時代だからこそ必要なものは何か、映画に込めた想いなどうかがった。

時代を経たモノを大切にする心、恋に賭ける時間は長くていい

美しく成長したエフラートゥンは盲目ながら、父の店を継いで時計の修理をする技術を身に着けている。ハンディがあっても前向きに自立できるように育てた父の影響のおかげである。盲目役をみごとに演じたのは、トルコのTVシリーズなどでも知られている、ドイツ生まれのイレム・ヘルヴァジュオウル。エフラートゥンがかつて、声に惹かれ大人の女となる間も恋心を抱き続けた男オフラズを、日本でも公開された『レッド・ホークス』(2018)に主演したケレム・バーシンが演じている。

カラクシュ監督はトルコのガジ大学コミュニケーション学部でラジオ・TV・映画を専攻。短編映画『Sûret』(2013)が、国内外の著名な短編映画祭で数々の賞を獲得。文化観光省映画総局から製作支援を受けて製作・完成した監督第一作作品だ。

映画の中にある独自の世界には、今や時代遅れ、使わなくなったモノと考えられるカセット・テープやフィルム・カメラ、ねじ巻きや振り子の時計などが効果的に活かされている。

また、エフラートゥンは、あのプラトンのことでもあるとか、太陽と海の色が重なり合って醸し出す色のことをオフラズというなどなど、様々な監督ならではのイマジネーションが埋め込まれている。トリビアはともかく、観る者が自由に感じとっていけば良いのではないかと思わせられる、ゆったりとした、まさに今の時代から少し離れていられる時間を愉しめる癒しの映画とも言えよう。

美しい女性に成長したエフラートゥンが、思いがけず出会うことになった男は、時計の修理にやってきた。まるで止まっていた時計が息を吹き返し動き出すかのように、彼女の人生が変わっていく。観る者を監督と盲目の女性のイマジネーションの世界が誘い、彼女の恋の行方から目が離せない。久々に静かで美しく、ロマンチックな作品に出会えてハッピーな気持ちに包まれる。

映画に賭けるカップルの情熱で生み出した監督第一作作品

──大好きです。この映画。レトロ、アナログにこだわったということでしょうか。

デジタルですべて出来てしまうことや、あまりに時間の経過をスピーディーにして満足している今の時代。本当に我々はそれで幸せなのだろうかと、心が揺さぶられることが多く、もっとゆっくりと日々を送り、新しいものばかりを大切にすることだけではない価値観をもてないのだろうか。2000年の頃、今から20年前くらいの感覚を色や形で見せていきたくなりました。

──なるほど。時間のかかるものを排除して、無駄と決めつけることは、もったいないだけでなく、それまでの時間を削除するということと同じですね。

祖父母や両親が使っていたモノは、歴史です。それをゴミにしてしまうのはあり得ないと思います。時計も修理したら動く。こだわっているのは時間をもっと大事にという想いもあります。

──盲目の女性を主人公にするのも、そこに意味がありそうです。時間がかかるけれど仕事をしたり、恋をすることも出来る。見えていないことで独自のイマジネーションも生み出せる。恋もじっくり時間をかけて本来は実らせるものですよね。そう、この映画は感じさせてくれる。かつてはそうであった気がします。いっぺんで結ばれることは少なくて、すれ違いがあって、もどかしいから切なく、それが恋であったような。

そうですね。感情を伝えあう間もなくすぐ一緒になり、また別れる。それは恋とは言えないと思います。

──ところで、ヤームルさんは公私にわたり、かけがえのない存在ですね。本作には幻想的で美しいアニメーション映像も取り込まれています。そのあたりの力がとても効果的です。いつも二人三脚で映画を作られていますか?

画像: ジュネイト・カラクシュ監督(右)とヤームル・カールタル・カラクシュ

ジュネイト・カラクシュ監督(右)とヤームル・カールタル・カラクシュ

(ヤームル)私はアニメーション表現も含めて、ドキュメンタリー映画を作っていまして、ジュネイトにアドバイスなどもらったり、いろいろ手伝ってもらっているうちに、彼の作品にも関わるようになりました。

──じゃあ、単独で作るということも今後はありそうですか?

いや、それはないと思います。やはり、それぞれが作る映画には関わっていくと思います。お互い様って感じで(笑)。

見るからに一心同体という印象で映画を大事に作っていきたいというお二人。

この記事の冒頭に登場のユン監督が言うように、長く一緒に情熱を傾けるカップルの愛の物語は、普遍的なもので、ゆえにロマンスが醸し出されるもの。
このお二人も例に漏れない、映画づくりという情熱での愛に結ばれている。そんな風にもお見受けした、バカンスのようなこの映画祭ならではの出会いだったように思えた。

『ポトフ 美食家と料理人』
2023年12月15日(金)より
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督/トラン・アン・ユン
脚本/脚色:トラン・アン・ユン
出演/ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル
料理監修/ピエール・ガニェール
配給/ギャガ
原題/La Passion de Dodin Bouffant
2023/136分/フランス/ビスタ/5.1chデジタル/字幕翻訳:古田由紀子
公式X /@Pot_au_Feu_1215
©2023 CURIOSA FILMS – GAUMONT – FRANCE 2 CINÉMA

画像: 『ポトフ 美食家と料理人』本予告【12/15(金)全国順次公開!】 youtu.be

『ポトフ 美食家と料理人』本予告【12/15(金)全国順次公開!】

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『マルリナの明日』
監 督/モーリー・スリヤ
出 演/マーシャ・ティモシー、パネンドラ・ララサティ、エギ・フェドリー、
ヨガ・プラタマほか
配給/パンドラ
2017年/インドネシア=フランス=マレーシア=タイ共同製作/インドネシア語/95分/カラー
配信/mazon/itunes/You tube/ビデオマーケット/Lemino/U-NEXT/ひかりTV
DVD 発売元/シネマクガフィン
CINESURYA - KANINGA PICTURES - SHASHA & CO PRODUCTION – ASTRO SHAW © 2017 ALL RIGHTS RESERVED

画像: 映画『マルリナの明日』予告 出演: マーシャ・ティモシー/パネンドラ・ララサティ www.youtube.com

映画『マルリナの明日』予告 出演: マーシャ・ティモシー/パネンドラ・ララサティ

www.youtube.com

『エフラートゥン』
監督、製作、脚本、編集/ジュネイト・カラクシュ
撮影/ハルク・エルカン、タリク・ハン・コチ
照明/セルジャン・アイデミール
音楽/ナディール・アルトゥントプラック
美術/ケリム・ケレシュ
録音/セルダル・オングレン
編集、VFXスーパーバイザー、アニメーション/ヤームル・カールタル・カラクシュ
出演/イレム・ヘルヴァジュオウル、ケレム・バーシン、ナザン・ダイパー、エルマン・オカイほか
2022年/トルコ/103分
©Karakuş Film

画像: 『エフラートゥン』予告編|Eflatun - Trailer|SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023 youtu.be

『エフラートゥン』予告編|Eflatun - Trailer|SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023

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