コロナも落ち着いた今年の国際映画祭は、世界中からの参加者が急増したとのこと。東京国際映画祭2023(TIFF)の場合は、昨年の100人台から2000人台という驚異的な人数となったことが報じられた。上映作品の数や、イベントなども盛り沢山となり盛況を博した。
TIFF開催の前の7月には、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、11月には東京フィルメックスが開催され、いずれでも興味深い作品や素晴らしい映画監督や俳優たちとの出会いに恵まれた。
映画にとってのハレの場で得た多くの出会いは、貴重で幸せな時間である。
それらのインタビューを紹介していこう。

子役デビュー以来、数々の受賞に輝いてきたブノワ・マジメル

画像: ブノワ・マジメル

ブノワ・マジメル

次いで、ドダン役のブノワ・マジメルにも『ポトフ』について、映画祭についてなど、うかがうことが出来た。

私事に過ぎるも、何十年ぶりでの彼との再会となる機会となったので、まずは巴里映画で配給した、彼のデビュー作エチエンヌ・シャテリエーズ監督作品『人生は静かな河』(1989)にちなんでの投げかけから始めた。

実際に起きた事件を元に、産院で取り違えられ、ド貧民でパンクな家庭の息子として育つブルジョワ家庭の少年役に、ブノワ・マジメルが抜擢され、映画デビューを果たした『人生は静かな河』。映画はパリでも半年ものロングラン大ヒット。日本でも当たった。

天才子役として注目されたマジメルは、その後アンドレ・テシネ監督『夜の子供たち』(1996)でセザール賞有望若手俳優賞、ミヒャエル・ハネケ監督『ピアニスト』(2001)でカンヌ映画祭最優秀男優賞を獲得。フランスを代表する男優としての地位を獲得していった。
『ポトフ』で共演しているジュリエット・ビノシュとは、『年下のひと』(1999)で共演して、それがきっかけで結婚し一女をもうけた。その後離婚してそれぞれが別の道を歩んでいるも、私的なことより公的な映画づくりを優先しての、本作での久々の共演が実現。この点も注目すべきところである。

自分の作品が旅をするのが嬉しい、国際映画祭

──この映画祭で、再びお目にかかれるとは本当に嬉しいです。マジメルさんのデビュー作を日本で配給したことを、だいぶ前ですが横浜で開催されていたフランス映画際でお目にかかった時にお伝えしたら、「じゃあ、あなたは日本の僕のお母さんみたいな人ですね」。と言って強くハグしてくださいました。今も私のこの体が憶えております(笑)。

そうでしたか、それは、それは(笑)。

──今回は、急遽この映画祭に来て下さるようになったとのこと。本当にファンの方も皆さん喜んで下さっていると思うんですけれど、東京国際映画祭も含めて、俳優さんにとっては映画祭って、とても大事な場所ですよね?

もちろんですよ。自分が出演した作品が、国際的な映画祭で上映されるということは、その作品が世界中を旅するっていうことですから、自分にとって、とても嬉しいし大切なことなんです。
そして、僕自身が映画祭に参加するということは、そこで映画好きの、本当に映画大好きな人たちに出会えるということです。そこで、映画の監督たちと出会うこともあるし、映画祭ならではの多くの出会いと発見がある。
特に、日本の観客の方々からのフランス映画に向ける情熱が半端ではない。その高揚感っていうのを、直に感じることが出来ます。
レッドカーペットを歩いて、私たちの作品『ポトフ』が上映されて、皆さんの反応を見ていたら、なんて素晴らしいんだろうって実感しました。
日本に何度も来ている私にとっては、日本はずっと特別な国なんです。

──嬉しいご意見ですね。

ご存じかどうか、私は日本での撮影も経験しているんですよ。バルベ・シュロデール監督の『陰獣』(2008)に出ています。
とにかく、映画祭はこれからも、存在し続けるべきだと思いますし、今回のTIFFにも参加できて、とても嬉しく思っています。
実はカンヌ映画祭で『ポトフ』が監督賞を獲ってから、多くの映画祭から引く手あまたでした。フランスでも配給やプロモーションがたくさん決まり、日本に来日することを約束もしていましたし、私にとってこの作品を日本でちゃんと紹介する、上映する時に立ち会うというのは重要なことなのです。約束を果たせた想いです。

──素晴らしい想いをお聞かせいただきました。ありがとうございます。日本が大好きだというのは以前もうかがいました。余談になりますが、かつてお会いしたフランス映画祭でお話しした時にも、日本映画でサムライを演じられないかって相談を受けましたね。リップサービスかと思いきや、帰国された頃、フランスのエージェントの会社からその件でメールをいただいたりして、本気のお気持ちだったんだなと緊張もして(笑)。私が未だ役立っておらずで申しわけないです。

いやいや、ずっと夢見ていますよ、今でも。
アラン・ドロンとチャールス・ブロンソン、三船敏郎が共演したテレンス・ヤング監督作品『レッド・サン』(1971)という映画がありますね。あんな感じで日本との合作でそういうチャンスがあればね。アメリカだったら、ウエスタン、日本だったら、時代劇、侍。自分が脚本を書いて監督して出演してもいい。

カンヌ映画祭では、『ポトフ』以外にも2出演作品が同時上映

──わかりました。そんなお気持ち素晴らしいです。実現出来たらいいんですが。そして、お話を『ポトフ』に戻しましょう。マジメルさんは、『ピアニスト』という作品で、カンヌ映画祭で男優賞に輝きましたし、今年は『ポトフ』も監督賞に輝き、マジメルさんにとってこのカンヌという映画祭は、どんな存在ですか。

私自身は、カンヌ映画祭に映画が出品されること自体が、世界に窓が開く、扉が開くというような、とても大切な機会になると思ってきました。
そこに自分が出演した作品が上映されるということ自体、とても嬉しいことなんです。『ポトフ』はトラン・アン・ユン監督が6年かけた作品なんですよ。
彼にとっては、全身全霊で愛の告白のような形で作り上げた作品なので、それがカンヌで上映されて賞を獲ったということは、とっても重要なことだったわけです。

──6年もおかけになったんですね。

実は、今年のこの映画祭で、私自身の作品出演作が3作も上映されました。
Elias Belkeddar監督のデビュー作『Omar la fraise』、女性監督Stéphanie Di Giustoの『Rosalie』、そして、『ポトフ』です。沸き立つ様な環境で、自分の作品が同時に複数上映されるなんて、何とラッキーなんだろうと痛感しました。
本当に活気のある映画祭です。

──ご活躍めざましいですね。そのうえで、『ポトフ』は、アカデミー賞の外国語映画部門のフランス代表にも選ばれました。改めましておめでとうございます。で、そうなりますと、ブノワ・マジメルさんは、いよいよフランスを代表する男優であることが、世界に知らしめられたことにもなる。お気持ちはいかがですか?

うーん、それが、そうは思えないというか、ちょっと抽象的な思いでいます。
私にとってはそう言われても、いつも思うのは、まず、私は男としても、俳優としても、やっぱり40歳からだなという、そういうイメージでやってきました。やっぱり40歳を超えてから、役としてもとても個性の強い役っていうのが回ってくるだろうし、あるいは、人生経験を積んだ男の役、もっとユニバーサルな普遍的なキャラクターを持った男性を演じられるんじゃないかと思うんです。

──なるほど。

私は早くからデビューして、若い頃はかなり甘やかされたところがあったんじゃないかなと思うんです。カンヌ映画祭にも何度も行きましたし、賞もたくさんもらったりしました。
だから、今さらというか、この歳になって、フランスを代表する俳優って言われても、ちょっと抽象的でピンとこない。そういう実感っていうのはないんです。というのも、キャリアというのは、続くかどうかなんて、誰にもわからないもの。でも、言えるのは、今、俳優としては、とても平穏な気持ちでいられるんです。賞をもらえば、とてもシンプルに嬉しいな、と喜べもします。
だから言えるとしたら、自分が唯一のフランス映画界を代表する俳優であるなんていうのではなく、素晴らしい監督に出会えた、素晴らしくラッキーな俳優であるということはいえるかもしれないです。

画像: ©『ポトフ 美食家と料理人』 Carole-Bethuel©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA.

©『ポトフ 美食家と料理人』
Carole-Bethuel©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA.

美食に人生を賭ける芸術家を、元妻と共に演じ切る

──そうですか、とても謙虚なお応え、ありがとうございます。
その『ポトフ』ですが、そもそも、マジメルさんが演じた美食家とは、どういう存在なんでしょうか?職業なんでしょうか?それとも究極の趣味人なのでしょうか?

やっぱりあのドダン・ブーファンという人の場合は、自分が料理が大好きで、料理人のウージェニーが大好きで、という愛と情熱に生きているような男。
計算づくで何かをするっていう男じゃないんです。一人のアーティストなんです。美食家というのはアーティストと言えるでしょう。財政面での才能や商才とは関係のない人でしょうね。

──ああ、アーティストなんですね、芸術ですね。純粋に美食づくりをめざしているということですね。
その人を演じることは、料理人となる女優との料理作りや愛について演じることになります。ユン監督にもうかがいましたが、脚本を書き終わって、ジュリエット・ビノシュさんに出演依頼をしてオーケーが取れてから、美食家の役をマジメルさんにお願いしたそうですが。
この顔合わせというのは、私たちにとって破格の夢の共演になるわけなんです。お二人の映画での再会というか、再びパートナーシップを観ることが出来る。これこそが、この作品の大きなトピックに思えてならないのですが。

そうですね、二人の共演はとってもシンプルでね、楽しいものでした。一緒にいることがね。二人ともそういう顔をしていますでしょう。

──(フランスではそう驚くことではないのかも知れませんが、)私生活で別れたお二人が、ごく自然にスムーズに共演をする、楽しめる。そういうことを実現出来るのも映画の力というものなんでしょうね。

まあ、そこに偶然ってことは無いでしょうね。ジュリエットと僕には娘が一人いるんですけれど、教育の話になると僕らの意見は一致していないんですよね。そんな風な彼女と一緒に今回気持ちよく演技が出来たのは、やっぱり彼女は大女優だと僕は思っているし、知っている間柄だからこそ、演じるのもそれだけシンプルだったんですよね。
楽っていうのとは、ちょっと違うけれど、演技は親密になれますよね。パートナーとしてのカタチを再現できるという感じです。
『年下のひと』で、僕は年下のキャラクターとして出会いましたけど、今回は良く知っている二人が再会したという関係。そんな感じなんです。

──お二人が共演しているだけで、それだけでも私たちは幸せになれますよ。
そして、3本も同時に出演作があったとのこと。俳優冥利に尽きるでしょうが、それぞれの役柄を使い分ける時の、そういったご苦労とかはあるんですか?

やっぱり、俳優として私がいつも思っていることは、いろいろな役柄を演じていたい。それぞれ異なる人物を演じ分けたいという気持ちがあって当然です。同じようなキャラクターを繰り返し演じるということは、あまり好きじゃないし、それ以上に同じキャラクターをイメージづけられるのは一番嫌ですね。
映画業界では、得てして一回ヒットした作品があると、その役柄ばかりをオファーしてくることが少なくない。そういう時は俳優として「ノン」と言える勇気を持たなければならないと思っています。
観客からも、こういう俳優なんだなという固定概念を持たれないように、いつも違う眼差しを持っていてもらえるようにしたいです。そんなことを大事にしていたいです。

貴重な意見を沢山いただくも、マジメルの声音(こわね)には未だデビュー当時の少年時代の、あの声が残されている気がして嬉しく感じられた。
長い俳優人生の中でいくつもの成功を収めながらも、デビューの頃を一番大切にしているのではないか、そういう映画監督や俳優にしばしば出会うのだが、彼もまた、その頃の話をすると相好を崩して嬉しそうに語るのが印象的だった。

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