TIFF開催の前の7月には、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、11月には東京フィルメックスが開催され、いずれでも興味深い作品や素晴らしい映画監督や俳優たちとの出会いに恵まれた。
映画にとってのハレの場で得た多くの出会いは、貴重で幸せな時間である。
それらのインタビューを紹介していこう。
14年ぶりのTIFF「黒澤明賞」を受賞して
さて次は、モーリー・スリヤ監督の「黒澤明賞」受賞の喜びの声を聞くことが出来たインタビューである。
──おめでとうございます。今までの映画制作への取り組みのご功績を、東京国際映画祭が評価しての「黒澤明賞」受賞です。やはり、なんと言ってもカンヌ映画祭の監督週間ノミネートと、アカデミー賞外国語映画賞のインドネシア代表作品となった『マルリナの明日』の功績が大きいと思いますが、いかがですか?
私もあの作品には最初から最後まで魅了され、東京フィルメックスで最優秀作品となった時には、我がことのように嬉しくて、思わず拍手したくらいでした。
その想いが今年の「黒澤賞」受賞という形になって、またまた、我がことのように嬉しいです。
若い女性監督が、あそこまでの斬新な独自の美意識やウエスタン的スタイルをとり、男性社会へのアンチテーゼも感じさせながら、そういう想いを堅苦しくなく、誰にも共感を呼ぶ映画が出来上がったことは、宝物のように思えます。
ありがとうございます。そうですね。あのタッチはタランティーノ監督からの影響ではと、各方面から評価もされましたが、まったくそれは違うんです。
まさに、黒澤明監督を尊敬していて影響を受けていたことが大きいです。
──それじゃあ、今回の受賞は必然的なことと言えそうですね。待ってましたという感じですか(笑)。
そうですね。待っていましたよ、この日をずっと、なんて……(笑)。
というのも、東京フィルメックス以前にTIFFで『愛を語るときに、語らないこと』(2013)が上映されてもいますから、ご縁はあったのかもしれません。
──そうだったんですね。長編第2作目のその作品は、サンダンス映画祭にも出され、2013年の第26回東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門で上映もされて、高い評価を世に知らしめた作品でしたね。
やっぱり、今回の賞はお待たせしていたんですね、本当に(笑)。
で、『マルリナの明日』は、黒澤監督のどんなところに影響を受けていたのでしょう。
もともと、ウエスタン風にしようというのは計画していましたが、黒澤監督や小津安二郎監督が頭に浮かんでいました。小津安二郎監督の『東京物語』(1953)で、強盗が家に入ってくるショット。それは「畳ショット」と呼ばれている撮り方です。『東京物語』では家族が皆、畳の部屋にいて、同じ一つの視点の定点カメラの中に人がいる。あんまり動かないショットというのを撮りました。
「畳ショット」というのは日本の映画にとっては、とても大事な撮り方のポイントだと思うんです。その演出がしたいと思いました。ハリウッドとかの西部劇という方向性ではなく、アジアの西部劇にしたかったので、黒澤明とか小津安二郎を活かしたかった。もちろん中国の映画の影響も受けていますけれど、日本の映画の影響が本当に大きいです。
女性として、インドネシアの映画に込めたいこと
──なるほど。ところで、インドネシアでは女性がマルリナのような映画を自由に作れる環境はあるんですか?
私が女性監督としての第一人者というわけではありませんし、今国内では自国の映画製作は盛り上がっていますが、やはり根強い家父長制度がありまして、例えば裕福であったとしても、女性が男性と同じように映画が撮れるかというわけではありません。
私の場合は、オーストラリアに留学して文学とメデイアを専攻し、卒業後は大学院にも進みました。そこではウオン・カーワイや黒澤明監督のことも学びましたが、やはり欧米の影響が大きい。。帰国してから映画学校の教師になって働きながらも、アジアの視点というものを取り入れたいと思いました。教師をしながら作ったのが第一作目の長編『フィクション』(2008)でした。2010年の東京フィルメックスの「タレンツ・トーキョー」で、ホウ・シャオシェンやアピチャッポン・ウイーラセクタン監督がメンターになって下さり指導を受けました。
──そうだったんですね。カンヌやヴェネツィアなどの国際映画祭でも注目される、アジアの映画人を多数輩出もしている東京フィルメックスの映画祭の会期中に開催されるレクチャーですね。じゃあ、その教えのご恩返しでもあったわけですね、『マルリナの明日』は。素晴らしいプレゼント。
ああ、なるほど、そうですねー(笑)。
──それで、今年の「タレンツ・トーキョー」の講師をスリヤさんもされるそうですね。スリヤさんがメンターとなって、次なる新たな才能を生み出すことは素晴らしいことでもありますね。
そうですね、東京に戻ってきたら、教える側、メンターになるんですね(笑)。
──インドネシアのことを作品にどう反映していくかというようなことについては、どのように考えていらっしゃいますか。
そうですね。インドネシアについて考えた時、多分、我が国は皆さんのイメージでは熱帯雨林ですとかのイメージが強いと思うんですね。私自身、『マルリナの明日』の撮影でスンバ島という場所に行った時は、それまでに見たことのない景色でした。ああいう景色は、むしろインドなんですけれども、同時に、あの文化や自然、あれを背景として伝えることが特別なことだと思いました。
そのうえで、映画のメッセージは女性の強さです。もちろん、マルリナたちはフェミニズムなんていう以前に、自分のその生き残りのために戦う強い女性です。泥棒に家を襲撃されても戦う、そしてその彼女をやはり女性同士が助ける。そういうところを伝えたいと思ってあの映画を作っています。
──家父長制度が根強い社会において、女性の強さを打ち出していただきたいですね。
男性には自由が沢山ありますが、女性は17歳くらいで結婚してもおかしくない、という社会ですから。
私は父親が私に勉強をして欲しいという、そういう理解が大きかったので特殊と言えるのかもしれません。映画を作ることへの理解もあり、父親には本当に感謝しています。
持続可能の才能でアメリカに進出した新作
──コロナも落ち着きましたけれど、『マルリナの明日』から時間も経っていますが、今度はどんなものを計画中なのか、もう作り始めていらっしゃるのか、国を代表してアカデミー賞の候補になると、次回作にはお悩みになっているのかしら、なんて思いますが。
いえいえ、作っていました。アメリカのNetflixで『Trigger Warning』(2024)という映画を撮りましたよ。アクション・スリラーなんですが、ジェシカ・アルバが主人公。来年、2024年公開、配信です。
──さすがですね。
そのためにロスへ行って、ニューメキシコで撮影していていたんですけれども。2021年に撮影が始まって、今年撮り終えて来年リリースされるということですね。これはインドネシアの原作本を元に映画化しました。
この間ちょうど、日本にいるインドネシアの映画のファンの方から聞いたんですけれど、この原作は日本語に訳されてもいるみたいです。
恐れ入りました、モーリー・スリヤ監督の海外進出の活躍ぶり。しかも、マルリナに次いで、ますます強そうなヒロインが降臨の予定とは。そして、インドネシアの小説をモーリー・スリヤ監督からは眼が離せない。さすがの、最新情報をTIFFでうかがえたのは、これまた宝物だ。